HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


--
Category: スポンサー広告   Tags: ---

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


04
Category: イラン   Tags: ---

イラン、イスラム、紀行 (5)

12月04日、曇り、10時30分現在、外気温-1.5度。積雪20cm。

パサルカダエ (Oasargade

2013.10.30。ヤスドからシラーズまでのバス移動、480Kmもあり疲れた。この日はほとんど移動で途中パサルガダエという街でキュロスⅡ世の宮殿、王墓を見ただけだった。

シーラーズ地図

このの地図のようにヤスドからシラーズに向かう途中でサルガダエに寄りシラーズで一泊した、次の日再びヤスド方面に戻り、ペルセポリスを訪れた。

IMG_9149-1.jpg

パサルガダエにあるキュロスⅡ世の墓。

バサルガダエは紀元前546年頃キュロスⅡ世の元で建設が始まった。アケメネス朝の最初の首都である。キュロスⅡ世の死後はダレイオスⅠ世に建設が引き継がれ、ジユーシュに都が移されるまで栄えた。

キュロスⅡ世の墓はピラミット型に石を積み上げた堂々たる物である。この墓は入り口のすぐ正面に有るが。遺跡はかなり広く散らばって居る。

IMG_9132-1.jpg

タフテ、マーダレ、ソレイマーン。

キュロスの墓からやく2Km。小高い丘の上にある大石壇、ソロモノの母の玉座と呼ばれ、宮殿の基壇として作られた。キュロスの死後この基壇の上に建物が作られたが日干し煉瓦だ作られたため、今は残って居ない。

IMG_9133-1.jpg

センターネ、ソレイマーン (ソロモンの牢獄) Zendan-e Soleyman
大石壇へ行く途中にある切石を積み上げて作った建物、破損は激しいが建物は目立つ

諸説色々とあるが一番有力な説は、キュロスの息子、カンピュセスⅡ世の建物であろうと言われて居る。

IMG_9138-1.jpg

キュロスⅡ世の宮殿。

キュロス大王の宮殿は2つあり、謁見の宮殿は修復された一本の柱が残るのみ。下の写真が其れだ。そこから少し離れた住まいの宮殿跡は、30本の白色切石の広場がある。

ここの石にエラム文字、バビロニア文字、古代ペルシァ文字で「私の名前はキュロスⅡ世」と書かれている。

IMG_9141-1.jpg

IMG_9151-1.jpg

イランの大地に沈もうとする太陽。古代ペルシァの栄華を思う。
スポンサーサイト



 

Comments

Leave a Comment








1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31

top bottom
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。