HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


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03
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イラン、イスラム、紀行 (4)

12月03日、朝から快晴。午前9時現在外気温-2.4度。積雪23cm。昨夜溶け出していた道路の雪がガチガチに凍てついている。

2013.10.29 今日はエスハハーンからヤスドまで移動。途中キャラバンサライとカナートの跡を見物してヤスドに入った。

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キャラバンサライとは Wikipedeaより

キャラバンサライ(ペルシア語: كاروانسرا kārvānsarā、トルコ語: kervansaray)は、ペルシア語で「隊商宿」の意味。隊商のための取り引きや宿泊施設を指す。バザールやスークに隣接して建てられた。アラビア語では、ハーン(khan)、カイサリーヤ、フンドゥクとも呼ばれた。

一般的には中庭がある二階建ての建築物で、1階は取引所、倉庫、厩、管理人や使用人の住居にあてられ、2階は客人である隊商の商人たちの宿泊施設となっていた。アガと呼ばれる責任者や、荷運びの監督、夜警などの役職が常駐していた。現在では宿泊所としての機能は消え、事務所、倉庫、卸売店舗として用いられている


ヤスドに移動途中、車は幹線から離れ田舎道に入っていった、しばらく走るとキャラバンサライの跡が見えだした。もちろん今は使われていない。農産地帯の畑の中にある、2~300m離れた所に農家の集落があった。

ここの裏手にカナートがあり水が流れていた。

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このサライの建物の側にイスラム教徒の墓地があった。崩れかけている物も有ったが、これは最近埋葬されたのであろう。

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ヤスドの金曜のモスク。 「マスシセェデ、ジャーメ」 (Masjed-e Jame')

サーサーン朝時代のゾロアスター教神殿跡地に、14-15世紀にかけて建てられたヤスドのシンボル的寺院。正面入り口やドームのタイルワークはすばらしく、イスラム建築の傑作の一つに数えられている。


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ゾロアスター教寺院。アーテシュキャデ、(Atesh-kade)
外壁正面上部に有る「翼ふる日輪」で表されたゾロアスター教の善の神、アフラ、マスダの像。

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沈黙の塔。荒野のただ中に立つ風葬の塔。 (Dkhme-ye Zartoshtiyan)

ヤスドに夕方到着して、宿泊場所のホテルに入る前に「沈黙の塔」を訪れた。ヤスドの郊外の50m程度の丘に2ツり塔があり、右が女性用、左側に男性用の塔があった。夕闇が迫る中みんなで女性用の塔まで上がった、私はだけは途中で棄権。

ここはゾロアスター教徒の遺体を葬る風葬の場所として実際に使われていた。1930年にレザーシャーが悪臭が強く、使用を禁止、現在はイスラム教徒もゾロアスター教徒も土葬となっている。

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ゾアスター教神殿をモチーフにしたサファーイエホテル。

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客室に有ったメッカの方角を示すステッカー。天井にあった。
イスラム圏のホテルには部屋のどこかにこの表示がある、テーブルにビニールテープでメッカの方角を示していたり、絨毯にその表示があったりする。


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車のナンパープレートに書かれていたペルシャ語の数字(赤い数字は私が跡から書いた物です、もしかして9となっている箇所が6かもしれません)。

ペルシャ文字とアラビア文字。

私は今回の旅に出かけるまでイランではアラビア文字が使われているものと思って居ました。当然イランで話されているペルシア語とアラビア語とは違っていることは知っていました。言語は違っているが文字は同じ物を使っている物だと思い込んで居たのです。

旅を終えて帰国後、アラビア文字がイランで使われていることに若干の疑問を持ち調べていく内に、アラビア文字とペルシャ文字は違う物だと言うことを知ったのです。

アラビア文字もペルシャ文字もアラム文字を元に作られてはいるが違う文字なのです。アラビア文字のアルファベットは28文字、これに対しペルシァ文字は32文字もあるのです。

現在のイランの地に住んでいた人々が使っていた文字は、エラム人の楔形文字を使っていた時代、その語アラム人のアラム文字、ギリシア人のギリシア文字そして。633年のアラブ人の征服後、アラビア文字を使って居たようです。でもアラビア文字でペルシア語の表記に無理があり色々と変化、改善が有り14世紀頃、現在使われているペルシア文字になったのです、

数字でも4と6が違っています。ちなみに日本語で言うアラビア数字はアラブでもペルシャでも使われていません。なぜアラビア数字というのが後日調べてみたい物だと思って居ます。

世界の数字

インドの数字とアラビア数字は同じですが、インドではデバナガーリーが使われていますので、文章中の数字はデバナガーリーの様ですが、たとえば電話番号などで数字だけ書かれている物はアラビア語の数字と同じ物が書かれています。
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