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HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


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イラン、イスラム、紀行 (3)

11月30日、曇り時々雪、午前8時現在外気温-09度。積雪25cm。

2013.10.28日。イラン滞在3日目。この日は1日中エスハハーン滞在。

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スィ、オ、セー橋 (Si-o-se Pol )

長さ300m、幅14mの橋。アッパースⅠ世の計画的な街造りの際、エスハハーンを南北に貫くチャハール、バーグ通りを繋ぐ橋として1602年に作られた物。

この時期川には水が無かった。雨期に川に水が戻ってくると、1階部はダムになり、人々は2階を通行する。
ペルシャ語で、スィー、オ、セーとは33を意味し、Polは橋の意。橋上部のアーチが33有ることから来ている。

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ヴァーンク教会 (Kelisa-ye Vank)

アルメニア教会。ジョルファー地区にある。1655-64年に建てられた教会。

大聖堂にはマスジェドを思わせるドームがあるがそのてっぺんに小さな十字架が立っていたので、キリスト教会だとわかった。内部は荘厳な雰囲気で、壁には『最後の審判』等の旧約聖書の場面や聖人の画が書かれている。
此処にはアルメニア博物館も併設されている。

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入り口に十字架。

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内部の壁画はすばらしい・

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マスデェデ、ジャーメ (Masjed-e Jame)

金曜の寺院。イランの寺院建築の集大成と言われて居る。
創建は8世紀まで遡るがエスハハーンで最も古いマスジェド。一度焼失して12から14世紀に再建された。

マスジェドとは、イスラム文化センター HPより。

「マスジド」とは、「サジュダする場所」という意味です。「サジュダ」とは、礼拝をする人が床に額をつけて祈ることを意味しますから、「額ずく場所」という意味になります。

 モスクを「額ずく場所」と呼ぶのは、「イスラーム」という言葉が「絶対帰依」を意味することと深く結びついています。

 「イスラーム」のもともとの意味は「絶対帰依すること」です。「帰依」とは、神を信じて、教えに従うことを意味します。そこで、その帰依の心を一番よく表すのが「額ずき神に祈る姿」として、礼拝堂を「額ずく場所」=「マスジド」と呼ぶようになりました。


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マスデェデ、エマーム (Masjed-e Emam)

イスラーム革命以前は「マスジェデ、シャー(王の寺院)」と呼ばれていた。アッパースⅠ世の命を受けて1612年に着工、1638年に完成。

広場に面した正面のエイヴァーンに圧倒される。天井の鍾乳石飾りは見事。中央礼拝堂のドームは二重構造である。

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チェヘル、ソトゥーン庭園博物館。

1647年にアッパースⅡ世によって建てられた宮殿。チェヘル、ソトゥーンとは「四十の柱」と言う意味だが、柱は二十本だ、正面の池に柱の像が映り40本に見えていることから「40本の柱」と言われるようになった。

宮殿内部は博物館になっている。サファヴィー朝の栄華を語る絵画は見事。

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玉座の間の壁一面に書かれた6枚の歴史画はすばらしい。その1枚。

エマーム広場(旧、王の広場)/ Meydan-e Emam 

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ここエマーム広場は『世界の半分』と言われて居る。エスハハーンのなかでも最も美しい場所だ。

首都になる以前、ナグシェ、ジャハーンと呼ばれる広場があったため、今でもそう呼ばれる事がある。広場は正確な長方形で縦510m、横163m。美しい噴水や庭の周りには観光用の馬車が走っている。(ちなみにお上りさんらしく私もこの馬車に乗って楽しんだ)。周囲を取り囲むアーケードには土産物屋や絨毯屋、チャイハーネなどが並ぶ。夜にはエマームのモスクを中心に広場全体がライトアップされる。

私にとって、今度のイラン行きの第一の目的は、このエマーム広場に自分の足で立つことであった。ちなみに第二の目標はペルセポリスを訪れる事だった。

エマーム広場の画像は本やネットで見ていたが、ここに来て自分の足で立ってみると、来るまでの思いが、勘違いであったことが判った。写真でみて思っていたのは此処が精神的、イスムラの精神に出会う事が出来ると場所と思って居たのである。たとえば、日本で言えば、伊勢神社の境内の玉砂利の道を歩くときに感ずる、精神的な感動を求めていたのだが、ここに来てみると現世的、世俗的、レジャーセンター的、ショッピングモール的な所である事が判った。

私が勝手に誤解していたのだが、少し残念だった。



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アリー、カーブ宮殿のテラスにたたずむ。

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アリーカーブ宮殿の6階部分にあった、天井。

エマーム広場の西側にある宮殿で、大きなテラスが目印である。正面が2階建てで、後ろが7階建てである。テラス部分は現在修復工事中であった。後ろの建物の6階の音楽室の天井は楽器のかたちに刳り抜かれている。

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この広場の周りの道を観光用の馬車が走っている。

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午後6時頃、夕闇が訪れてきた。広場のライトが点灯されだし、幻想的な広場に変身し出した。

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マスジェデ、シェイフ、ロトフ、オッラー (Msjed-e Sheykh Lotf-ol-lan)の屋根が輝いて居る。

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エマーム広場の東側。
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Comments

Editエマーム広場ちょっと残念でしたね
ひでさん,エマーム広場はちょっと残念でしたですね.私はたまたま金曜礼拝の日だったためか,前夜からテントや路地で野営する人たちを見てとても感激した覺えがありました.まあでも市民の大事なショッピングモールであることに間違いないですね.
33のアーチ橋,完全に乾いていて驚きました.普段は満々と水を湛えているのに....やはりイランならではの眺めですね.
EditRe: エマーム広場ちょっと残念でしたね
ナカジーさん、久しぶり、コメントありがとうございます。

今年は一人での徘徊の旅は気力不足で、ツアー参加での旅でした。
イランは行く前より帰って来た時の方が良い印象を持っての帰国でしたので、満足しています。

来年の事は判らない年齢になりつつあります。もし、健康出有れば、また一人での旅を考えています。

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