HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


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Category: スペイン(2012ユーラシア大陸横断の旅)   Tags: ---

『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、スベイン、バルセロナ編

11月18日。朝から晴れ。雪も大分解け、所々に黒い土が見えだしている。

スペイン、バルセロナ(SPAIN Barcelona)

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フランスとスペインの国境。ここの両国ともシンゲン条約加入国なのに、なぜか出入国管理官がバスに乗り込んできて、パスポートを集めていった。その後バスは走り出して30分くらいして止まり、パスポートを返してくれた。もちろん出入国のスタンプは押していない。

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2012.11.08 フランスのマルセイユからバスで午後5時にスペインのバルセロナに入った。

路線地図1

いつものバス移動は夜間バスが多かったが、今回は朝出発の昼間の移動だった。

バルセロナで泊まったユースホステル。
Backpackers BCN Casanova 2012.11/9.10.11.12 4泊、6Bed Mixed Dorm.
11月9.10日 1泊12€ ¥1.140  11月10.11日 1泊15.50€ ¥1.473

11月10日朝起きて食後1番にサグラダフアミリアを見に出かけて、地下鉄に乗って移動した。

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バルセロナ地下鉄のホーム。

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地下鉄2号線、Sagrada Familia駅で降り、地上に出ると目の前に巨大な聖堂がドカーンと聳え立っていた。

Wikipediaより。

サグラダ・ファミリア(日本語: 聖家族)は聖家族贖罪教会(カタルーニャ語: Temple Expiatori de la Sagrada Família)という正式名称を持つバルセロナにあるカトリックのバシリカである。日本語では聖家族教会と呼ばれることも多い。

サグラダ・ファミリアは、カタロニア・モダニズム建築の最も良く知られた作品例であり、カタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完作品である。バルセロナ市のシンボルであるこの建物は、綿密に構成された象徴詩的なシンボロジーと共に、パラボリックな(放物線状の)構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義と抽象主義の混在する彫刻などで、大胆な建築様式を誇っている。2004年の統計によれば、サグラダ・ファミリアはアルハンブラ宮殿やマドリッドのプラド美術館を抜いてスペインで最も観光客を集めたモニュメントとなり[1]、2008年には270万人を集めた[2]。生前のガウディが実現できたのは地下聖堂と生誕のファサードなどであるが、これらは2005年にユネスコの世界遺産に登録された。 贖罪教会なので、作業の財政は喜捨に頼っている。そのために、別々の箇所を同時に建設することはできなかったのだが、1990年代以降は訪問者の流れと作品の世評の高まりが財政状況を好転させた。

2010年11月7日に教皇ベネディクト16世が訪れ、ミサを執り行い、聖堂に聖水を注いで聖別。サグラダ・ファミリアはバシリカとなった。ミサには司教達を含む6500人が参列し、800人の聖歌隊が参加した[3]。

9代目設計責任者のジョルディ・ファウリは、ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定と発表している[4]。


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サグラダファミリアの側には小さな池が有り、このほとりにお土産屋やカフェが集まって居る、其処のオープンカフェでビールを注文して、ボケーとこの聖堂を眺めていた。中に入ってみようかと思って、塔の下にならんでいる人に聞いてみると、2時間待ちの列のようだった。中に入るのはあきらめた。

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サン、パウ病院、
サグラダファミリアの側から少し坂を上っていくとサン、バウ病院がある。

ドメネク、イ、ネンタネールにより1902年に着工、「芸術には人を癒やす力がある」とい信念年のもと、建物全体が花や天使をあしらったステンドグラス、タイル、モザイクで飾られている。完成は1930年。、

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このあたりにも例のゴミ箱がある。まあ、収集はされているようで、ナポリの様にゴミは散乱してはいないが、日本人の我々にとっては無粋に見え、良い印象は無かった。

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スペインのポスト。

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アグアス・デ・バルセロナ(バルセロナ水道会社)の本社ビルです。

この「アグアス・デ・バルセロナ」は、通称「アグバル」(AGBAR)と呼ばれてますので、この塔も「トーレ・アグバル」(アグバル・タワー)と呼ばれ始めています。

ジャン・ヌーベルらしくキラキラした外観に、ガウディリスペクトだという無秩序なタイルを組み合わせ、独特な趣きになっています。
2004年の完成直後には、「あまりに町並みに合わない」 「座薬みたい」など散々な評判だったこのアグバルですが、その後数年経っても評価はあまり上がっていないようです。

それほどまだバルセロナ市民に親しまれていない建物ですが、恐らくサグラダ・ファミリアも最初はそうだったでしょうから、評価されるのにはまだしばらくかかるかもしれません。

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カサ、ミラ(Casa Mila)

切り出した石を積み上げてあるため、別名ラ、ペドレラ(La Pedrera)と呼ばれて居いる。徹底的に直線を排除して、ゆがんだ曲線を主調とするこの世紀末的な建物は、20世紀に現れた新古典主義者の攻撃の的となった。

建物を朝日のあたる頃見てみると、壁面に埋め込まれた色とりどりのガラスモザイクが光を反射して美しい。

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グラシア通りを散策すると、道の両側にはガウディの建物が並んでいて、楽しい。

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地下鉄エスパーニャを出てみると、スペイン広場に出た。

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スペイン広場の向こうにモンジイックの丘に入っていく入り口の2本の塔が見えて来た。

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モンジェックの丘

モンジュイックの丘 Montanya de Montjuïc

 バルセロナの西南一帯を占める、標高173mの広大な岩山。中世には要塞が置かれていたが、1992年にはバルセロナ・オリンピックのメイン会場にもなった。おもな見どころとして、カタルーニャ美術館、スペイン村、ミロ美術館、モンジュイック城などがある。モンジュイック城の内部は軍事博物館として公開されている。

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この丘に上がる階段の下に歓迎のデスブレーがあった。日本語もある。

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丘の上にあるガルーニャ美術館前のテラスから見た、バルセロナ市街。

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遠くにはサグラダファミリアも見えている。

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バルセロナ、サンツ駅

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バルセロナで食べた、イカスミのパエリア。スペイン語で書かれたメニユーを見てもどんな料理か判らない、パエリアだと言うことだけ判ったので、適当に注文した。運ばれてきた料理を見てびっくり、でも美味しかった。食後はお歯黒状態、ぬれティッシュで歯を磨く。

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2012.11.13いよいよ最後の訪問国、ポルトガルのリスボン(バスセンターでバスの切符を買おうとしたら、ここスペインやポルトガルではリスボンをリスボアと言うことが判った)に移動することにした。

バルセロナでケチャッブ掛けスリにやられた

2012.11.11昼過ぎにバルセロナのカタルーニァ広場あたりを歩いて居た。道の車道との境界あたりに木々が生い茂っている。その木の下にさしかかったとき、突然木々の中から一斉に鳥が飛び立つ様な気配(音)がした。


その時突然被っていた帽子に何かが降りかかってきた。手で触ると緑色をした液体だ、『ウワー、鳥の糞だー』とビックリして、ポケットに入れておいたティッシュで帽子を拭いていると、後ろから2人の中年の男女が近づいてきて、背負っているリュックも汚れていますよと、声を掛けてきました。2人して汚れを拭いてれるのです。ズボンの此処にも汚れがと拭いてくれました。『グラーシォス、グラーシアス』とお礼を言って分かれました。

その後2時間程度街を歩いて5時過ぎに泊まって居たYHに戻りかけました。途中今夜の夕食にと途中のスーパーに寄って食材の買い物、レジで財布を出して代金を払おうとしたところ、財布の現金が無いのです。

この時やっと気がつきました。2時間も達っていました。財布は鎖でベルトに繋いであります。財布から現金だけ抜き取り、またズボのポケットに戻してありました。財布のカードはそのまま盗まれていません。さらに反対側のズボンのポケットに入れてあった、小銭入れのがま口は持って行かれました。

私はスリに会うことを想像して、財布には1万円以下しか入れてありません。カードで現金を引き出す場合でも最大100€です。この時は小銭入れも含めて70~80€の損害でした。あの2人組は、ここも汚れている、彼処もと言いながらペットポトルに入れた緑の液体を後ろから掛けていたのでしょう。

私が、グラーシアスと言うのを聞いて、心の中では、腹を抱えて笑っていたに違い有りません。でも、悔しさよりその手際のよさに関心してしまいました。

旅に出る前から、スペインの『ケチャップかけスリ』に付いては知っていました。でも実際に出会うとまんまんやられてしまったのです。

いつも『おれおれサギ』に会う人の話を聞いて、俺は絶対に欺されないと思って居ましたが、自信がなくなりました。もう、惚けだしているのかもしれません。

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