HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


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Category: ルーマニア(2012ユーラシア大陸横断の旅)   Tags: ---

『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、ルーマニア。ブラショフ編

11月06日、イランツアーから何とか自宅に帰り着いた、自宅を出てから帰宅まで12日間、相対的な感想は只『疲れた』だった。自分の様な自由な放浪の旅を続けて居る者にとって、朝から晩までスケジュールがびっしり詰まったツアーは体にきつい、このところ体力も落ちており、もうツアーは無理と悟った。

沢山撮ってきた写真を見てBlog仁上げる物を選んでいる、ブログで公表するまで数日かかるだろう。イランに行くと言ったら危険では無いかと誰もが言う。多くの日本人が誤解をしている。イランは現在は安定していて平和な国だ。対米関係が悪かったので日本にはアメリカからの一方的情報しか入ったこないので誤解をしているのだろう。

今回イランを訪れて疲れたけれども、出発前より帰国時にいっそう好印象を持って帰り着いたことがうれしい。

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ルーマニア ブラショフ (ROMANIA Brasov)

ルーマニア地図2

切符1

ルーマニアの鉄道切符、ヨーロッパではは同じ様式のキップが多いいが、この国だけは特別の様式だった


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ルーマニアのブラショフ駅

2012年09月30日、モルドバのキシナウ駅から夜行寝台列車でルーマニアに向かった。10月01日朝ブカレストに入った。このブカレストのノルド駅ですぐにブラショフ行きの切符を買い、午前中にブラショフに移動した。

ブラショフ、人口28万人。ここは中世の街並を残す古都である。12世紀にドイツ商人が建設し、ルーマニア人、ハンガリー人の3民族によって発展して来た。街を歩いているとドイツの香りが強く感ぜられた街である。

この駅近辺は新市街地で泊まったユースは旧市街地の中にあった。駅で列車を降り、駅前のバス乗り場でバスを待っていると、中年の男性が近づいてきて今夜は何処に泊まるのかと聞いてきた。私たちが予約を入れていたホステル名を言うと、なんとこの人はそのホステルのオーナーだった。今宿泊客の為の食材を買うために新市街地に出て来たという。ホステルまでの行き方を詳しく教えてくれた。ここのバス停から18番のバスに乗って終点で降りると目の前だという。無事ホステルに到着することが出来た。

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ブラショフは『吸血鬼ドラキュラ』で有名なブラン城を観光する拠点の都市だ、ここブラショフに4泊した。

Gabriel Hostel、張り込んでツインの部屋を予約、これは久しぶりにバスタブのある部屋を求めたからだった、それにキルギスから同行していたAさんとここの宿泊を最後に、ブラショフで分かれてまた単独の旅に戻ることにしていたからだった。部屋に入ってビックリ、部屋には2段ベットが2ツ有り、すなわち4人部屋に2人しか入れず、これをツインという。まあ安いので納得した、1人1泊9ユーロー(この時1ユーローは95円、すなわち1泊855円)。ここの2階部分に部屋は有った。

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聖ニコラエ教会。
写真中央の尖塔の有る建物。今回泊まったガブリエル、ホステルは旧市街地の中心から徒歩で15分程度のスケイ地区に有った。

スケイ地区とは、ブラショフがドイツ移民によって建設された当時、先住のルーマニア人達が移住を余儀なくされて移った地域で現在も残るスケイ門に寄って中心街と隔てられていた。当時、ルーマニア人は特別な許可が無ければこの門から街へ入ることが出来なかったという。ここは統一広場と称された小さな広場が有る。

YHから緩やかな石畳の下り坂を歩いてこの広場に入る。翌日、この広場のオープンカフェでコーヒーのを呑んでこの中世ドイツの面影を残す街を楽しんだ。

教会の向こうの山の上に『BRASOV』と書かれた大きな白い看板が有り、下の旧市街からケーブルカーで上がることが出来た。

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周りの建物の出窓には花が飾られており、時間が緩やかに流れていた。

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聖ニコラエ教会。

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旧市街地の中心の スファトゥルイ広場に面した建物群。

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子のに広場の周りの建物の多くはレストランになっており、建物前はオープンカフェが連なっており、観光客が群がっていた。

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スファトゥルイ広場のランドマーク、旧市庁舎。

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午後6時の鐘がなり出すとこの塔の時計の下に3人のラッパ手が出て来て一斉にラッパを吹き出した・

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広場のオープンカフェ。

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夕方になると毎日の様にここのカフェでビールを飲みながら東ヨーロッパの古都の雰囲気に浸っていた。

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夕暮れが近づきこの広場に中世のコスチォームを着た一団が入ってきた。

ブラン城1への地図

ブラショフ滞在2日目。南西約30Kmに有る『吸血鬼ドラキュラ』の居城のモデホルとなったブラン城にバスで出かけてみた。

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ブラン城はブチェジ山麓に有るブラン村の山頂ににそびえ立つ典型的な中世の城砦で有る、写真の山の上に少し見えている城が其れである。下の村は完全に観光地化されていてお土産屋が連なっていて興ざめだった。

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山の麓に会った古いドイツ風の農家の建物。

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以下、ブラン城の内部。

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ブラン城から下の村に降りて来て、ブラン村のレストランで昼食をとる。ここのオープンカフェの前にあったペンション。

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ブラン城からブラショフに帰る途中ルシュノフ要塞に立ち寄ってみた。

ブラショフからブランに向かう途中で約15Kmの地点にある小高い山の山頂にある要塞。世界遺産では無いがトセンシルバニアを代表する大要塞である。ザクセン人によって異民族の侵略に備えて作られた。15世紀には最も堅固な要塞の一つとして知られていた。

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要塞内を見回っていたらヨーロッパ中世の古武士が現れた、対戦するは日本の古武士、居合抜き3段のAさん。さて、対戦はどちらが勝利したか?

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ブラショフ滞在4日目、ブラショフの裏山にケーブルカーで上がってみた。下にはブラショフの街が広がっている。

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10月4日の夕方、またスファトゥルイ広場に出かけて、暮れなずむこのヨーロッパの古都でAさんとの別れの宴を開いた。長かった2人旅は、明日は別れの日だ。私はここブラショフからシギショアラに向け列車で移動。Aさんは私より1時間後で同じく列車でハンガリーのブタペストに向かう。最後のビールを飲み交わした。

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ブラショフからシギショアラに向かう列車は混でいたが私は座席指定でゆっくりと車窓の景色を楽しむ事が出来た。






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