HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


In 12 2012

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Category: ロシア(2012ユーラシア大陸横断の旅)   Tags: ---

禿爺の『ユーラシア大陸横断一人旅』旅行記、モスクワ編

12月31日、朝5時、外気温+0.6度、積雪55cm。
30日より温度が上がりだし昨日は雨となった、家の前の小道は雪が溶け出しテカテカに光っている。これで温度か例年並みに下がると完全にアイススケート状になるだろう。

私の旅日記、ボルゴグラードに入った所で停まっていたが、そろそろ再開することにする。

8月25日ボルゴグラード駅に出かけて26日のキップを買ってきた。現金が足りなかったのでカードで買ってきた。列車は2等クーペ、座席番号は残念ながら偶数、これは2段ベットの上段だった。

ロシア-1

写真はボルゴグラード駅。この写真、ホーム側から見たところ。駅舎の上にボルゴグラード1駅の表示がある。ロシアでは始発駅でない限り駅前から駅舎を見たところはだだ『駅』としか表示されていない。ホーム側(列車の中から)見たところにはその都市名が書かれている。

DSCN7921-1.jpg

これからモスクワに向かう、老人バックパッカーの2人。ホームが低く重たいリュックを列車に積み込むのは年寄りにとって大変つらい物があった

ボルゴグラード17:01分発、モスクワ着翌日の14:06分着である。ボルゴグラードを発車したときワゴン内はAさんと2人きりであったが途中の駅から中年の女性が2人乗り込んできた。列車に乗り込む前に我々も食料を買い込んで乗り込んだが、下段の女性も手作りの食べ物を持ち込んでいて、我々に食べるように勧めてくれる。

この日ベットの上段でPCを使ってメモを取っていたときに手を滑らして下に落としてしまった。PCは電源は入るがウインドウズが立ち上がらない。PCの角も少し曲がっていてどうもハードデスクにアクセスできないようだ、色々とやってみたがだめ、諦めた。でもスホステルの予約をネットで入れながらの旅、しばらくはAさんのPCを使わせて貰うことにしたが安いPCが有れば買うことにした。

DSCN7930-1.jpg

8月27日、午後3時頃モスクワのバベレツキー駅に列車は入った。モスクワには何カ所かの駅があり列車に乗り込んだとき自分の列車がどの駅に着くか判らなかった。予約を入れたホステルに行くには到着駅が判らないことにはどうすることもできない。同室の女性2人組は途中の駅で降りてしまっている。車掌に聞いてやっとパベレツキー駅到着と判った。

この駅で下車してすぐキオスクに行ってモスクワの市街地図を買う。駅内のレストランに入り軽食とコーヒーを頼んで地図で今夜泊まるまるユースに行く方法の検討に入る。この駅から地下鉄で7ツ先のメトロ駅で降り、そこから探すことにした。

地下鉄から上がり近くの店でどちらに行けば良いか聞く、通りはすぐ判った住所の通りに行くと数十軒のアパートが有りどうもこの中にありそうだ。しかしアパート群に入るには鉄索の中に入らなければならない。困った。ちょうどそのとき鉄索の中から車が出てきて鉄索が開いた。そのすきに我々2人は中に入る。さあ、どの建物か?
アパートの壁に番号が書いてある。何とか探し当てたようだ。でもアパートの入り口は鍵がかかっていて、ユースホステルの標識はない。

そのときアパートのドアがあいて女性が出てきて、我々にユースの宿泊者かと聞いてきた。助かった。アパートの中に入り3階まで階段を上がる、そこのドアに葉書大のユースホステルの標識があるのみだった。
これではロシア語がわからないものにとっては探し当てることは不可能に近いと思った。ここPanamas Hostelから赤の広場には歩いて15分程度、ロケーションは大変良い所であった。

モスクワは3泊の予定。次の日から地下鉄を乗り回してこの街を歩き回った。

DSCN7943-1.jpg

赤の広場にあるポクロフスキー聖堂(ワシーリー寺院)

次の日早速赤の広場に出かけた。此処では数日後に大がかりなイベントがあるとかで広場はイベント会場設営のためあちこちで工事中だった。

DSCN7944-1.jpg

レーニン廟。Aさんはここのレーニンのミーラ(?)を見たいと言ったが工事中で中に入ることはできなかった。

ロシア-6

ヴアスクレセンスキー門。赤の広場に入る入り口にある門。元々は17世紀に建てられたが、スターリンによりパレードの邪魔になるとして1931年に破壊された。ソ連崩壊後1995年再建された物である。

ロシア-4

国立歴史博物館

ロシア-3

クレムリ城壁の外側の散策道路

ロシア

雀が丘から望むルジニキー大スポーツセンター。(この丘にはモスクワ大学が有り写真を撮ったのですがそのメデアが帰国後何処に行ったのか判りません、無くしては居ないと思いますが、出てきましたら追加で写真をUPします)

ロシア-8

雀が丘にあったジャンプ台。

DSCN7949-1.jpg

赤の広場の近くにあるボルショイ劇場。ボルショイとはロシア語で大きいという意味、すなわち『大劇場』と言う意味だ。当然小劇場もモスクワにはある。こちらはマールイ劇場と言う。

ロシア-5

ノーブイ、アルバート通り。東京の銀座の様なとおり。

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ノーブイ、アルバート通りにあった日本レストラン。

ロシア-7

モスクワ3日目、サンクト、ペテルブルグに移動するために列車のキップを買いにヤロスラブリ駅に行った。

DSCN7963-1.jpg

ヤロスラブリ駅構内。


 

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Category: ユーラシア大陸横断の旅2012   Tags: ---

冬眠状態です。

12月28日、北海道のド田舎村は現在外気温-13度、積雪75cmです。

12月3日長かった放浪の旅から無事帰宅。翌4日朝ベットから出ようとしたら腰が猛烈に痛く起き上がれなくなりました。部屋の中でも何かに捕まらなくては歩けない状態が2週間も続いて居ましたが少しずつよくなってきています。

また、いつもの事ですが旅から帰ると鬱状態になります、長旅の疲れか?はたまた、燃え尽き症候群か?、Blogの更新も手につかず、腰も痛いので1日中ベットのなかから起き上がれない日が続いて居ました。

前回のロカ岬からモロッコのタンジールに渡り、カサブランカそしてマラケシュまで足を伸ばしました。11月30日カサブランカにもどり12月1日飛行機でドバイ経由で成田に、成田1泊で3日新千歳、そして帰宅でした。積雪は30cm程度でした。

Blogの更新を再開します。前回はボルゴグラード到着まででしたので、その後から写真を上げていくつもりです。

今日は再開1回目で、今回の旅の総括編とします。まだ一部かかった経費等最終決算ができていませんので後日として、大まかな足取りを書いていきたいと思います。

ハサン2聖

写真はモロッコのカサブランカにあるハッサンⅡ世モスク、このミナレットの高さは世界最高のミナレットと言われて居ます。

1.旅の日数          133日 2012.7.23日自宅を出、12月3日帰宅
2.訪問または通過国数     24ケ国 (自称独立国を含む)
3.訪問した国名と都市名    中国。 上海、西安、ウルムチ、カシュガル、(注3)
                キルギス オシュ、(注2) ビシュケク                
カザフスタン アルマトゥイ、アスタナ
                ロシア    サマーラ、ボルゴグラード、モスクワ、サンクトペテルブルグ
                フインランド ヘルシンキ、ロバニエミ
                エストニア  タリン
                ラトビア   リガ
                リトアニア  ビルニゥス
                ポーランド  ワルシャワ クラコフ
                ウクライナ  キエフ オデッサ
                モルドバ   キシネフ
                (沿ドニエストル)  テラポリス (注1)
                ルーマニア  ベオグラード ブラショフ シギショアラ
                ブルガリア  ソフィア
                ギリシア   アテネ サントリーニ島 テッサラニキ
                アルバニア  チラナ ドレス
                イタリア   バリ タラント ナポリ ローマ ミラノ ベンチミグリア
                バチカン市国
                フランス   ニース マルセイユ
                モナコ
                スペイン  バルセロナ マドリッド セビリア コルドバ アルヘンシラス
                ポルトガル リスボン シントラ
                モロッコ  タンジール カサブランカ マラケシュ ワルザザード、アイト、ベン、ハッドウ
                アラブ首長国連邦 ドバイ

注1.沿ドニエストルは国連加入国で承認した国はない。
注2.黄色字の都市は訪問または通過のみで宿泊していない
注3、緑色文字の都市は以前訪問ずみ
4.移動手段   日本の神戸港からマラケシュまで陸路、海路移動。 帰国時カサブランカから飛行機で帰国。
5.宿泊場所   西安、ウルムチ ボルゴグラード、ヘルシンキ、アルヘンシラスではホテルを利用、他は全部ユースホステル宿
          泊。
          ユースホステル平均宿泊料金 1泊平均約1.200円、最安値300円 最高値2、000円
6.経費     まだ11月分の請求書が全部届いていないので正確には不明であるが70万円前後と思われる
        、帰国時のカサブランカ-成田の航空券が最大の出費であった(104.000円)
7.旅行経費の持参方法。出国時現金はドルで1.000$持参、これは帰国時に400$残っていた。後は全
部現 地でATMから現地通貨を引き出す。カードは4枚持参キャッシュカード系とク
ジットカード系、各2枚づつ、2枚は財布に他は別の箇所に保管。
         1回に日本円にして10.000円程度を引き出し、財布には数千円しか持参しないようにし
         た、只この場合毎回手数料が取られて割高になるが、安心料として割り切った。通過したど
  の国でもATMは使え、また日本より使い勝手が良かった。
8.その他    海上移動は神戸-上海。ヘルシンキ-タリン。ドレス-バリ。アルヘンシラス-タンジール。
         西ヨーロッパに入って一般的に列車移動は高額になったのでバスでの移動が多くなった。
         たとえば、マルセイユ-バルセロナ間列車移動18.000円がバスであれば3.900円で
         あった
 
                                                   
 

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