HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


In 11 2011

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インドが世界に誇った国民車

インドが世界に誇った国民車(過去形にご注目を)アンバサダー。

Hindustan Motorsというインドの会社が作っているAmbassadorという車をご存知でしょうか?1950年代に英国で製造されていたMorris Oxfordというモデルをインド風に焼き直した車で、Hindustan Motorsが製造を始めた 1954年から大きなモデルチェンジなしに今日現在まで生産されつづけている、まさに「生ける恐竜」のような車です>
ひとよんで走るシーラカンス。

シーラカンス

今では、日本のスズキ、トヨタなどもここで工場をもち車を作っています。したがって街中にはこのアンバサダーのほかスズキ、トヨタ、ヒュンダイ、クライスラーなどの小型車も走っています。

ニューデリーでは昨今注目をあびたTATAのNANOも走っていました。

『参考』
NANOはインドの大財閥会社TATAが2008年に発表した10万ルピーの車(発表当時、約28万円)、当時インドで一番安い車はマルチ、スズキ インディアの20万ルピーであった。

こんな車。

NANO.jpg

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『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その 6

インド訪問数十回のオバチャン宣わく、『インド各地を歩いたが、此処が一番汚かった』と言った街、Muzaffarpur
ムサ゜ハルプール。

旅行3日目、ムサフアァルプールに暗くなって入った。泊まったところは駅前のホテル。夕食を終わってから2人で駅に行ってみた(添乗員から夜の一人歩きは危険ですからおやめくださいといわれ、こっそりと出かけた)。

すごかった!! これぞインド!

ホテルから道路を渡って駅構内に入る、糞尿の匂いが漂ってきた。構内は薄暗い、駅前の駐車場、待合室、ホームにおびただしい人々か地面に寝ている、暗くて寝ている人を踏んづけそうになる。ホテルを出るときに財布、時計、カメラをおいてきたので写真は撮れなかった、当然こんな場所ではとてもでないがフラッシュを炊いて写真など撮れない。

翌日早朝もう一度出かけてみた。地面はゴミだらけ、駐車場の前の塀で多くの男達は朝の排泄行為中。その液体が流れ出して道路に水たまりを作っている。この汚れきった地面を裸足で歩いている人も多い。

これぞインドという感じ。





インド43

ムサファルプールの駅舎とその前の駐車場、ゴミで埋まっている感じ、糞尿のにおいが漂っている。

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早朝の駅のホーム、昨夜訪れたときにここで寝ていた人々は起き出していた。

インド51

ホームでまだ寝ている人が居る。

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駅前の駐車場にはまだ寝ている人が>

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インドの列車、この列車の窓、鉄格子は当初中の人々が落ちないように付けられていると想ったが、どうやらホームの人々が無賃で窓から乗り込んでくるのを防止することにその設置目的があることを教えられた。

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ムサファルプールのゴミの街に朝日が昇りだした。

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この商店街の前の側溝はゴミで埋まっている、その上にタケで覆ってゴミを隠しているだけ。

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駅前のこのホテル、Minakshi Internation Hotelに泊まった

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『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その 5

マドウバニでミティラ画の家々を見てから、今日の宿泊地ムサファルプールに移動しました。
インドにも自動車社会がやって来て、大都市の道路は自動車渋滞で身動きがとれない状況になって居ますが、田舎ではまだまだのんびりと車が走っています。

下の写真をみて気がつかれたかと思いますが、インドでは車は日本と同じ左側走行です。昔イギリスの統治を受けた国では左側走行が多いいようです。

移動の途中インドの高速道路状の道を走りました。『状』と書いたのは、此処がが果たして高速道路か否か判らなかったからです。片側2車線、分離帯も広々とした道路を車は100㎞以上の高速でバンバン走っています。でも路肩からの出入りは自由、人ばかりでは無く、牛や、山羊、犬も自由に道路上に入ってきてのんびりと歩いています。荷馬車をひいた牛ものんびりと通り過ぎます。

この国でも人々は車の上に乗ったり、ぶら下がったりしています、たぶん外の方が涼しいのでしょう。只ムサファルプールの駅で見た列車ではデッキにぶら下がっている人々は居ましたが、列車の屋根には誰も居ませんでした。

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高速道路から見たインドの農村地帯、この地は2毛作地帯、稲作が終わった後に小麦を蒔く、今は11月の初め、小麦の刈入りが始まっています。

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今まさにインド大陸に沈まんとする太陽。

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『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その 4

ミティーラ画
      農村女性によって受け継がれた芸術・

ミティラ画は、祭りや宗教的行事、誕生、聖紐式、結婚といった人生の節目に、東インドの農村の女性達によって描かれてきた絵画。ヒンドゥー教の神様や自然などが単純な線でいきいきと描かれ、女性達が家族の健康や幸せを祈る想いか゜現れています。世代から世代へと受け継がれてきたミティラ画はもともと家の壁や天井に描かれてきましたが、現在では布や手漉き紙、カンバスにも描かれるようになりました。

ミティラ地方のマトーバニ村周辺の村を訪れて民家の壁や床を飾るミティラ画を見てきました。

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『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その3

旅行3日目はダルバンカからムサハルプールに移動、途中黄金色に染まった東インドの農村地帯を進む。途中の村々で一時停車をして農村の暮らしを見せて貰いました。

農村の暮らしは時間がゆっくりと進んで居ました、まだ半数の人々は裸足で生活をしています、トラクターなどの機械もたまにしか出会いません。牛、水牛、山羊などと共に生活をしています。幹線道路の両側にはゴミの山でしたが個々の家庭を覗くと家の中はよく清掃されていて居ました。

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>『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その2

インドへの旅行、わたくしにとっては最も憧れの国でありながら禁断の国でした。危険なところ汚いところに惹かれる私にとってインドは泥沼に思えていたのです。たぶん一度行くと必ずはまってしまう泥沼の国のように思っていたのです。

インドは期待に違わずゴミとウンコまみれの国でした。でもちょっと物足りないところもありましたが。また万が一気力が戻ったならば来年にでもリュックを背負って再訪したい国です。


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タ゜ルパンガのホテルはこの門から入って行きます。

インド8

ホテルの屋上から見渡してみました。

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先の写真の門をはいってまた古い門がありました、その向こうには広場が。

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60~70年前までこの建物がラジャの居住する宮殿でした。いまは入り口にコンパネが打ち付けられていて入る事ができませんでした。

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早朝、広場では女学生達がサッカーの練習に励んでいました。日本のなでしこジャパンのことも知っていました。

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城壁を出たところの通り。

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朝早くホテルをでて近くを散歩して回りました。

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ここが泊まったホテル、ガンガーレジデンス。


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インドに行ってきました。

11月6日から13日までインドのビハール州を回ってきました。

2010年にバックパッカーでアジア大陸横断の旅に出かけてからこのスタイルの旅にどっぷりとはまってしまいました。2011年にもまたバックパッカーの旅にと思っていましたが、気力がわいてきません。また春先から引きこもりに入り鬱状態がずっと続いていました。気力は無くともあの空港から飛び立っていく興奮が忘れられず、今年は日和ってツアーで添乗員のお姉ちゃんの尻をおって、何も考えずに歩くことにしました。

『原インドの祈り、ソンプール、メーラ』の旅その1

インド表紙

今後この旅で撮ってきた写真を数回にわたってUPすることにします。

1.インドのビハール州とは。
インド大陸北東部に位置している。面積9.4万㎢、人口8千万人、州都はバトナ

ビハール州は紀元前4世紀にはインド最初の帝国であるマウリヤ朝の首都パータリプトラが今日のビハール州の州都パトナであり、その三代目にあたるアショカ王はインドのみならず世界で最強の統治者とたたえられ、パトナは当時は世界で最もにぎわった都であった。また紀元前6世紀ガウタマ・シタルダが悟りを開き仏教が生まれたブッダガヤもこの地にある。ブッダとほぼ同時代にジャイナ教の祖師マハーヴィーラもここで生まれている。

このような輝かしい歴史をもちながら、今日のビハール州はインドで教育、経済の面で最も遅れた州に甘んじている。

2.旅の目的は、ソンプール、メーラの見物。

ソンプール、メーラとは、ヒンドー暦カルティカの満月の日から2週間にわたりソンプール(パトナから20数キロ離れた街)で開かれる家畜市。アジア最大の動物市とも言われ大は象から小は小鳥まであらゆる動物が取引される。インド各地から飼育していた動物をつれてこの地に多くの人々が集まってきます。象の取引のみは国家管理のもとに行われています。

また、この満月の日はヒンドゥー教徒にとって縁起の良い特別の日でもあり、ソンプーには多くの巡礼者が訪れます。まだ日も開けやらぬ早朝からカンダック川のガートには、人々や象が集まります。ここで身を清めた人々はヴィシュヌ神とシヴァ神を共に祀るインドでも珍しいババ、ハリハルナート寺院を訪れ皆こぞって奉献します。


今回の旅で回ってきたところ。

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成田からニューデリーに飛行機で入り、次の日ビハール州の州都パトナに飛行機で移動した。パトナ上空に着いたがなかなか着地しない。1時間半も上空を旋回している、霧がかかり着陸できないようだ。

この度のツアー参加者は10人、内男はチョイワル爺4人。このまま着陸ができなければデリーに帰るか、近くの空港に降りるか、はたまた燃料切れで墜落するかと気ままな話題で盛り上がり、もし無事着陸できれば皆して拍手をしようと悪巧みを。1時間半後着陸と同時に4人そろって一斉に拍手、周りの乗客がギョットして振り返る.孫ほど年の離れた添乗員の姉いちゃんに悪ふざけはしないでくださいとおしかりを受け、爺いどもはしょんぼり。

パトナに一泊、次の日、秋の収穫時期を迎えた農村地帯を通ってダルバンガに移動、その後ムサファルプールに泊まり、その後ソンプールに2泊して、バトナ経由デリーに帰り、帰国した。

インド1

バトナから東に走ると川に架かる橋としてはアジア最長の橋マハトマ・ガンジー橋(全長約8㎞、ガンジス川の部分は約5,7㎞)がガンジス川に架かっている。橋を渡って対岸にはソンプールという小さな村があり、ここでは毎年秋にソンプール・メーラという大規模な家畜市が開かれる。

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オートリキシャ、またの名前はトゥク、トゥク。

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パキスタンのトラックは派手だったが、インドのトラックも負けずに派手派手、TATAのトラック。

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道路沿いにあった屋台の食堂の厨房。

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2日目に泊まったホテルはダルバンカの旧ラジャの居住していた城跡にあった、古い城内には巨大な建物が散在していた。




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