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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"アルメニア旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO15

12.07日午後7時過ぎ、アルメニアの首都エレバンに入った。前日泊まったトビリシのホステルが気に入ったのでここエレバンでもユースホステルを利用することにした。街の中心部にあるエンヴォイ、ホステル(Envoy Hostel)に飛び込んだ。ここは2005年にできたまだ新しいホステル、ヨーロッパ人の利用者が多かった。4ベット室21$、誰も居なく1人利用だった。他の部屋にはヨーロッパ人の女の子達が沢山泊まっていた。複数でシャワー室に入りキャッキャと騒いでいる、困った物だ。

私は3年ほど前からユースホステルの会員になっていたが今まで1度も利用したことが無かった、国外に来て偶然泊まったところがユースホステル(会員証を国においてきたので一般人として利用した)、すっかり気に入ってしまった。帰国してもドシドシ利用たいと思っている。

アルメニア(ハヤスタン)、エレバン市

アルメニア1

街中は古い重厚な建物が続き、歴史を感ぜさせられる通りが続いて居た。

アルメニア16

この国も文字は独特のアルメニア文字を使っている。グルジアでは一部にラテン文字との併記が見られたが、此処ではほとんどラテン文字は見慣れなかった、またロシア語の表記も少ない。

ここに来て2日目、郵便局に出かけてみた。旅の途中で買った物が増えたのとカイドブック、地図が重たくて旅も終わり近づいたので日本に送り返そうと思ったからだ。局員にどのくらいの日数で着くかと聞くと、クリスマスが近づいているのと年末年始を挟み職員が休暇取るので業務はほとんどストップする時期、航空便でも1ケ月は掛かりそうだという。
へー、日本ではこの期間アルバイトを雇い職員も時間外労働で猛烈に働く時期なのに、反対なんだー。
(帰国してみると10日ほどで荷物は着いていた、やるじゃーないか)。

日本の常識は世界の非常識とは良く言ったものだ。

アルメニア14

石畳がこの街の歴史を物語っていると思ったが、比較的新しい街の様だった。歴史的には19世紀に帝政ロシアが設けたアルメニア州の州都エリヴァンが起源のようだ。

アルメニア6

カスカード(Kaskad)。
自由(アザトゥテャン)広場の北、ソビエト、アルメニア成立50周年記念碑とそれに連なる巨大な階段状のモニュメント。中にはエスカレーターが有る。
独立後の混乱と財源不足で一時は建設が頓挫していたが、2001年に建設を再開、記念碑も『復興アルメニアの碑、Veratsnkats Hayastan』と改名された。現在も工事中だが、途中から歩いて記念碑まで行ける。展望台からの眺めは大変良かった。

アルメニア7

向かって左側に小さく写ってるドアから中に入るとエスカレーターがあり上部まで行くことが出来る。
私は登りはこのエスカレーターで行き、下りは階段を歩いて降りて来た。

アルメニア5

カスカード内のエスカレーター。

アルメニア4

エスカレーターで上がった所にホールがあり、絵画館になっていた。(この写真をとったらフラッシュが光り叱られた)。

アルメニア3

エスカレーター終点から外に出てみた。眼下に街が一望でき、たいへん見晴らしが良い。下には自由広場が、この先の向こうにアララット山が有るのだがこの日はガスッテいて残念ながら見えなかった。

アルメニア2

エレバンの街並がもやの中に広がっている。

アルメニア8

キリキア(中央)バスターミナル。12.11日ここからトルコへバスで移動した。アルメニアとトルコの国境は閉鎖されているのでアルメアから一旦グルジアに移動して、グルジア経由でトルコに入る事になる。

アルメニア9

キリキア(中央)バスターミナル。ここから国内各地や外国に長距離バスが発着している。バスはドイツ製のベンツが多かった。

アルメニア11

ソ連時代の旧式のバスも現役で走っている。燃料はガスの様だ、屋根に大きなボンベを積んでいる。

アルメニア13

今でも働いているソ連時代の旧式のバス、

アルメニア12

移動中のバス、中央に立っているオバチャンは旅行客のボス的存在。良くしゃべる、途中何度も食べ物をくれた。

バスには車掌が2人乗っていて時々ジュースやあめ玉のサービスがある。長時間の移動で退屈なので年寄り達が私の席の近くに集まってきた。日本での暮らしや物価などの話題で盛り上がる。そのうちに年寄り達から年金の話が出た。いくらくらいもらっているのかと聞かれたので正直に話すと桁が違うのではないかと言い出した。彼らは日本の20分の1位しか貰っていない。そのうちに先のボス的なオババが日本に帰るときに連れて行ってくれと言い出した。洗濯も毎日するし食事も作る、まだ現役なので夜のお勤めも出来るという。周りのみんなが腹を抱えて笑い出した。とてもじゃないがこちらの方が勤まらない、勘弁して貰った。


アルメニア17

グルジアとトルコの国境、グルジア側。全員バスを降りてこれから入出国手続きに入る、真夜中の12時過ぎだった。もう既に数十時間バスに乗り続け疲れ切っていたのと眠たいので一連の手続きを終えバスに乗り込むと同時に眠り込んでしまった。

アルメニアのトビリシを出たときはトルコに入ってトラブゾンで下車する予定、そのキップを持って居た。午前3時過ぎにトイレ休憩でドライブインにバスが停まった。バスの外でタバコを吸っているとアルメニアのおばちゃんが寄ってきて『あんた何処まで行くの』と聞いてきた。トラブゾンに行くつもりだと答えると『あれー、トラブゾンなら1時間前に通り過ぎたよ』と言われた。うひゃー、どうしよう!ばあちやん達が5.6人集まってきて、とうしてもトラブゾンに行かなければならないのであれば、此処で降りてタクシーで戻らなければならないという。

アルメニアでバスに乗り込んだとき運転手にトラブゾンで下ろしてくれるように頼んだのにと、運転席に行ってみると運転手が変わっていた、トルコに入った時に変わったようだ。途方に暮れていると、ばあちやん達が皆そろって『トラブゾンなんて何も見る所なんてない、私たちはイスタンブールまで行くので、一緒に行こう』と言い出した。トラブゾンまでの切符しか持ってないと言うと、黙ってそのまま乗っていっても判らないから行こう、行こうと言う。もーう、めんどくさい、やけくそになってイスタンブールまで行ってしまった。35時間のバス移動だった。

35時間ものバス移動本当に疲れた。トルコのホテルに着いてからカメラを盗まれていたのに気がついた。疲れこんで寝ている間にリュックに入れていすの下に置いておいたのを抜かれたようだ。

アルメニア15

アルメニアのビザ。グルジアはビザが不要なので出入国のスタンプだけ。

正式国名 アルメニア共和国 (ハヤスタニ、ハンラペトゥテューン) 面積 29.8万㎢キロ
人口 321万 首都 エレバン 人口 127万




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