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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"ロシア(2012ユーラシア大陸横断の旅)" posts

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Category: ロシア(2012ユーラシア大陸横断の旅)   Tags: ---

禿爺の『ユーラシア大陸横断一人旅』旅行記、サンクト ペテルブルグ編

1月4日。北海道のド田舎村、午後0時30分曇り、外気温ー8.3度、積雪76cm。穏やかな1日です。

今日はロシアのサンクトペテルブルグ編とします。

8月27日、モスクワからサンクト ペテルブルグに移動することにしました。前日ヤロスラブリ駅に行って切符を買ってきました、モスクワにはターミナル駅が9ツ有ります。此処で私は大失敗をやらかしてしまいました。

私は十数年前に1度モスクワからサンクトペテルブルグに列車で移動したことがあります。この時はモスクワのレニングラード駅から列車に乗りました。また旅行ガイドなどにもサンクトペテルブルグ行きの列車はレニングラード駅から出発すると書かれています。

ヤロスラブリ駅で切符を受け取ったとき窓口の職員から切符の内容の説明があったのですが上の空で聞いていたのでしょう。当然出発駅はレニングラード駅と思い込んで居ました。
私は列車で移動する場合2時間前に、遅くとも1時間半前には駅に行くようにしていました。27日も1時間半前にレニングラード駅に行きました。コンコースで電光掲示板を見ていたのですが、出発時間が1時間を切っても私が乗る列車が表示されません??
窓口に行って切符を見せて何番のホームから乗り込むのか聞きました。切符を見た職員は、この列車はクールスク駅から出発するというのです。ガーン! 地下鉄で移動も可能ですが駅前でタクシーを捕まえてクールスク駅に移動し発車15分前に駅に滑り込むことができました。ロシアでもこのモスクワ-サンクトペテルブルグ間には高速鉄道が走っていました。

中国の上海駅でも同じ間違えをしました、これで2度目です。


サンクト1

クールスク駅のホーム。モスクワには主要ターミナル駅が9ツ有る。レニングラード駅、ヤロスラブリ駅、カザン駅、クールスク駅、キエフ駅、パブェレツ駅、ベラルーシ駅。サブロフ駅。です

サンクト2

サンクトペテルブルグで泊まったYHの部屋。YHはこのように部屋の中に2段ベットがあり多くの人が寝ています。
もちろんYHでもシングル、ツイン、ダブルの部屋があるところもあります、ですが最も安く泊まれるのはこのようなドミートリーのミックスです。ここBabushka Houseは一泊1.200円でした、建物は古いが、中に入るとリニューアルされており、大本清潔でした。

サンクト3

ウラジーミルスカヤ通りの賑わい。この通りから少し中に入ったところに泊まったYHが有る。

サンクト16

ネフスキー大通りの美しい建物の商店。

サンクト17

ネフスキー大通りの歩道。この通りはペテルブルグで最も有名で中心的な大通りである。

エルミタージュの前の宮廷前広場からでてこのネフスキー大道通りを約20分程度歩くと私が泊まっていたYHに着く。サンクトペテルブルグ滞在3日目、この大通りを歩いていたら電気器具店が有ったので入ってみた。ネットPCがある、日本円にして約21.000円、即決で買った。売り子のお姉イチャンがビックリしていた。サムソンの機種、ちょっと引っかかるが安いからまーあいいか。ウインドウズ7で動くがロシア語バージョンだ。日本語フェップが入って居ないので日本語は読めるが入力ができない。

ユースホステルの予約をネットで入れることができれば其れで良し。当然ロシア文字の他ラテン文字は入力可。帰国して時間の余裕ができた時点で日本語稼働の処理をすることとした。(壊れた旧ネットPCを持ち歩いている内に1月後にいつの間にか動くようになった。振動で接触不良の箇所が元に戻ったようだった。)

a href="http://blog-imgs-54.fc2.com/j/r/8/jr8hnt/20130105084528add.jpg" target="_blank">サンクト12

ネバ川河畔から宮殿橋方面を望む。ロストラの灯台柱。

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ペトロパブロフスク要塞。サンクトペテルブルグの歴史はこの要塞の建設で始まった。1703年5月16日からこの要塞の建設が始まった。

サンクト15

エルミタージュ美術館。この美術館は4つの建物からなっている。すなわち、冬宮、小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、である。でもこの4つの建物は全部廊下で繋がっており中に入るとあたかも1つの建物のように感ぜられる。

サンクト20

エルミタージュ美術館をバックに宮殿前広場に立つ私。

サンクト13

ロマノフ王朝の象徴、宮殿前広場。エルミタージュ広場と旧参謀本部に囲まれた広場。

サンクト14

宮殿前広場の真ん中にはアレクサンドルの円柱が立っている。1834年、ナポレオンとの戦争の勝利を記念してこの円柱が立てられた。

サンクト19

この円柱は高さ47.5m、円柱の上には戦争の勝利者であるアレクサンドルⅠ世をモデルにした十字架を持つ天使像が掲げられている。此処こそがサンクトペテルブルグの中心地と言われる場所である。

サンクト5

ペテルゴーフ。
サンクトペテルブルグの南西約30Km、フインランド湾にある美しい噴水と庭園、と宮殿のアンサンブル。ペテルブルク滞在2日目にマルシュルートカでここに行って1日ゆっくりと見て回った。以前此処には来たことがあったがそのときは初冬、今回は晩夏、最もこの宮殿が光り輝く時期であった。

サンクト6

ペテルゴーフの大滝。ペテルゴーフはフランス式の上の庭園と噴水群が見事な下の公園、そしてその間の大宮殿からなっている。

宮殿前の広場から1段低くなったテラスの両側に7段の階段があり、光り輝く緊迫の銅像が建ち並ぶ。水は中央の階段を下って運河へと流れ落ちている。この大滝全体で37体の銅像、64の噴水、142の水の吹き出し口がふる。

サンクト7

この水はフインランド湾に突き出た運河の中をながれて海に注ぐ。運河の突端には船着き場があり、エルミタージ宮殿の裏側から観光船がこの船着き場に観光客を運んでいる。

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フインランド湾に突き出た船着き場。ここからジエット船が発着している。

サンクト18

血の上の救世主教会(スパースナ、クラヴイー教会)。

皇帝アレクサンドルⅡ世のメモリアル。この教会は1881年に皇帝アレクサンドルⅡ世が暗殺された場所の上に立っている。

サンクト4

サンクトペテルブルグの郊外にあるフエリーターミナルの建物。当初ヘルシンキにフエリーで移動するつもりでここに行ったが翌日のチケットが売り切れだったので列車での移動に切り替えた。

サカクト10

フインランド駅前広場。この駅でフインランドのヘルシンキまでのキップを購入、当然国境を越えるのでパスポートの提示を求められた。切符には名前とパスポート番号が印字されている。この広場にはまだレーニンの銅像が立っていた。

サンクト9

この駅からはヘルシンキに列車が発着している。此処からは寝台列車で夕方出、朝5時頃ヘルシンキに入った。
国境越の手続きは非常に簡単、列車が走行中にパスポートを集めていき、ヘルシンキ駅に到着する前に返してくれた。出入国のスタンプが押されていた。税関の検査はなし。









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禿爺の『ユーラシア大陸横断一人旅』旅行記、モスクワ編

12月31日、朝5時、外気温+0.6度、積雪55cm。
30日より温度が上がりだし昨日は雨となった、家の前の小道は雪が溶け出しテカテカに光っている。これで温度か例年並みに下がると完全にアイススケート状になるだろう。

私の旅日記、ボルゴグラードに入った所で停まっていたが、そろそろ再開することにする。

8月25日ボルゴグラード駅に出かけて26日のキップを買ってきた。現金が足りなかったのでカードで買ってきた。列車は2等クーペ、座席番号は残念ながら偶数、これは2段ベットの上段だった。

ロシア-1

写真はボルゴグラード駅。この写真、ホーム側から見たところ。駅舎の上にボルゴグラード1駅の表示がある。ロシアでは始発駅でない限り駅前から駅舎を見たところはだだ『駅』としか表示されていない。ホーム側(列車の中から)見たところにはその都市名が書かれている。

DSCN7921-1.jpg

これからモスクワに向かう、老人バックパッカーの2人。ホームが低く重たいリュックを列車に積み込むのは年寄りにとって大変つらい物があった

ボルゴグラード17:01分発、モスクワ着翌日の14:06分着である。ボルゴグラードを発車したときワゴン内はAさんと2人きりであったが途中の駅から中年の女性が2人乗り込んできた。列車に乗り込む前に我々も食料を買い込んで乗り込んだが、下段の女性も手作りの食べ物を持ち込んでいて、我々に食べるように勧めてくれる。

この日ベットの上段でPCを使ってメモを取っていたときに手を滑らして下に落としてしまった。PCは電源は入るがウインドウズが立ち上がらない。PCの角も少し曲がっていてどうもハードデスクにアクセスできないようだ、色々とやってみたがだめ、諦めた。でもスホステルの予約をネットで入れながらの旅、しばらくはAさんのPCを使わせて貰うことにしたが安いPCが有れば買うことにした。

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8月27日、午後3時頃モスクワのバベレツキー駅に列車は入った。モスクワには何カ所かの駅があり列車に乗り込んだとき自分の列車がどの駅に着くか判らなかった。予約を入れたホステルに行くには到着駅が判らないことにはどうすることもできない。同室の女性2人組は途中の駅で降りてしまっている。車掌に聞いてやっとパベレツキー駅到着と判った。

この駅で下車してすぐキオスクに行ってモスクワの市街地図を買う。駅内のレストランに入り軽食とコーヒーを頼んで地図で今夜泊まるまるユースに行く方法の検討に入る。この駅から地下鉄で7ツ先のメトロ駅で降り、そこから探すことにした。

地下鉄から上がり近くの店でどちらに行けば良いか聞く、通りはすぐ判った住所の通りに行くと数十軒のアパートが有りどうもこの中にありそうだ。しかしアパート群に入るには鉄索の中に入らなければならない。困った。ちょうどそのとき鉄索の中から車が出てきて鉄索が開いた。そのすきに我々2人は中に入る。さあ、どの建物か?
アパートの壁に番号が書いてある。何とか探し当てたようだ。でもアパートの入り口は鍵がかかっていて、ユースホステルの標識はない。

そのときアパートのドアがあいて女性が出てきて、我々にユースの宿泊者かと聞いてきた。助かった。アパートの中に入り3階まで階段を上がる、そこのドアに葉書大のユースホステルの標識があるのみだった。
これではロシア語がわからないものにとっては探し当てることは不可能に近いと思った。ここPanamas Hostelから赤の広場には歩いて15分程度、ロケーションは大変良い所であった。

モスクワは3泊の予定。次の日から地下鉄を乗り回してこの街を歩き回った。

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赤の広場にあるポクロフスキー聖堂(ワシーリー寺院)

次の日早速赤の広場に出かけた。此処では数日後に大がかりなイベントがあるとかで広場はイベント会場設営のためあちこちで工事中だった。

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レーニン廟。Aさんはここのレーニンのミーラ(?)を見たいと言ったが工事中で中に入ることはできなかった。

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ヴアスクレセンスキー門。赤の広場に入る入り口にある門。元々は17世紀に建てられたが、スターリンによりパレードの邪魔になるとして1931年に破壊された。ソ連崩壊後1995年再建された物である。

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国立歴史博物館

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クレムリ城壁の外側の散策道路

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雀が丘から望むルジニキー大スポーツセンター。(この丘にはモスクワ大学が有り写真を撮ったのですがそのメデアが帰国後何処に行ったのか判りません、無くしては居ないと思いますが、出てきましたら追加で写真をUPします)

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雀が丘にあったジャンプ台。

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赤の広場の近くにあるボルショイ劇場。ボルショイとはロシア語で大きいという意味、すなわち『大劇場』と言う意味だ。当然小劇場もモスクワにはある。こちらはマールイ劇場と言う。

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ノーブイ、アルバート通り。東京の銀座の様なとおり。

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ノーブイ、アルバート通りにあった日本レストラン。

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モスクワ3日目、サンクト、ペテルブルグに移動するために列車のキップを買いにヤロスラブリ駅に行った。

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ヤロスラブリ駅構内。


 


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禿爺の『ユーラシア大陸横断一人旅』旅行記 国境を越えてロシアへ、サマーラ、ボルゴグラード編

10月7日、今ルーマニアのシギシヨアラという田舎に滞在しています。5日に2ケ月余り共に行動していた知人のAさんと別れて、また1人旅に戻りました。

ここは首都のブカレストから128km離れた田舎町です、時間が静かに流れていて、古い中世の町並みの石畳の上を秋の日が降り注いでおり、心休まる街でずっと一生でもここに留まりたくなる街です。

さて、今回の旅日記はロシアに入国したときからはじめたいと思います。

8月19日、カザフスタンのアスタナからロシアのサマーラに向け列車で移動しました、1日半掛けて国境を越えロシア領内に入りました。

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カザフスタンの乾燥した地域を越え、いくらか緑の多いい地域に入ってきましたがまだ車窓からは平原が続く地域です。

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ロシア領内に入り2ツ目の都市に到着しました。オレンブルグ駅舎です。

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サマーラの新しい駅舎。ここの駅舎も巨大なそして新しい駅舎でした。ここの駅には早朝まだ夜もあけやらぬうちに到着、此処で困ったことが発生。
駅に着いて両替をしようとしましたが早朝でしまっています。ATMが2ツほど有ったのですが。どちらも現金が使い切って入っていません。ロシア領に入ったばかりなのに1ルーブルもロシアの金を持っていません。当初到着してこの駅のホテルで1泊するつもりでしたが、ドルもだめ、夜が明けてからATMが稼動したら払うといっても、即金のルーブルでなければ泊めることが出来ないと、断られました。仕方が無いので、駅の待合室の硬いベンチで夜を明かすことにしました。
まあ、此処までは我慢が出来たのですが、トイレに行きたくとも現金が無ければ使うことが出来ません。Aさんはトイレの受付のオバンにもれそうだーと、わめき、強行突破、私は真っ暗な駅のホームの柱とキオスクの陰で強行トッパ。参りました。
中国に上陸以来、公共トイレは何処も有料です、大抵は入り口に受付の窓口、または入り口に女性が座っています。ポーランドでは自動ドアに成っていてコインを入れなければドアが開きませんでした。
つくづく日本の無料公衆トイレのありがたみを味わいました。『日本の常識は世界の非常識です。』

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サマーラ駅の待合室、2階部分に待合室があり、ここから階段またはエスカレーターでホームに下ります。

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サマーラにはそんなわけで駅の待合室で夜明けを待って街に出てみました。トロリーバスに乗って街を一周、町並みを車窓から見て回りました。この建物は300年前のロシアの木造の建物でそのまま保存しているようでした。

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街の中を見て回りましたら面白い看板に出会いました。ロシア(キリル)文字で、『たぬき』と書かれています。
その下の小さい字での表記は日本レストランと成っています。
ここルーマニアではまだ首都のブカレストには長時間滞在していませんが、此処以前のモルドバまでの各国の町には日本レストランが氾濫しています。2,3聞いてみたのですが、その殆どが中国人、韓国人のシェフで日本人が料理人の所は1ケ所も出会いませんでした。とても安心してすしなど生ものは食べられません。火を通した料理を3.4ケ所で食べましたがどれも日本料理もどきと言ったところ、今ひとつです。値段が猛烈に高いのが特徴です、こんなことでは将来が心配です。

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8月22日、ボルゴグラードに入りました。この街は以前スターリングラードと呼ばれていました。現在はボルガ河河畔にあることからボルゴグラードと名称が変わっています。
前日サマーラからの列車移動の時隣の車室のロシア人が話しかけてきて知り合いに成りました。彼はサンクトペテルブルグに家族で向かっていたのですが彼の弟さんがボルゴグラードに住んでいて列車内から携帯で弟さんに電話して、ボルゴグラードで安いホテルを捜してくれることになりました。ここに着くすこし前に連絡がついて安いホテルがあったので訪ねてみてはと、ホテルまでの行き方と値段を知らせてくれました。このホテルは設備は古いものでしたがロシアのホテルとしては格安のものでした。満足して2泊しました。写真はボルゴグラート駅、多分戦後の廃墟の中からスターリンの号令で再建された物のようです。

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駅舎の壁にはスターリングラード攻防戦でのロシアの勝利の記念のレリーフが飾られています。

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この街には1線だけですが地下鉄があります、数駅走ったところで地上に出て市電として走っていました。

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泊まったホテルの近くに『ママーエフの丘』が有ります。此処には先の大戦(ロシアでは大祖国戦争と言います)でのかの有名なスターリングラード攻防戦での勝利を記念して巨大な祖国を守る女神像が立てられていました、また付属の記念的施設が多数あります。

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ママーエフの丘の勝利の女神像と巨大な彫刻像。

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女神像下の記念館には永遠に燃え続ける平和の火があり、ロシア軍の将兵が守り続けています。私が行ったとき丁度衛兵の交代がありました。

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この日は消えることはありません、2人の衛兵が常に守っています。

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市内にはこの攻防戦を記念しての記念館がありました、『バノラマ』と呼ばれ戦争のパノラマとジオラマがありました。

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ボルガ河河畔。この河の岸にはクルーズ船が係留されていましたので乗ろうととしましたが、風が強く今日は休みとの事で残念ながら川面からこの街を見ることは出来ませんでした。






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