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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"ウクライナ(2012ユーラシア大陸横断の旅)" posts

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、ウクライナ、オデッサ編

10月21日。どうやら台風は25日には関東地方には達しないようだ。25日出発は何とかなりそう。

ウクライナ オデッサ (UKRAINE Odesa)

「黒海の真珠」と呼ばれる港町街、ここからルーマニア、ブルガリア、ギリシア、トルコなどに船が出て入る。人口99万人。日本の横浜とは姉妹都市である。

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オデッサの駅

キエフからオデッサには日中移動となった。キエフを出たとき木々にいくらか紅葉の気配があったがオデッサに南下するに従ってまた夏の様相に変化してきた。それにしてもウイライナの大平原は広い、列車で何時間も走っても車窓の外はうねうねとした畑ばかりが広がっている。

夕方暗くなってからオデッサに到着した。此処でおもしろい経験をした。トラムに乗ろうとしたが駅前にはトラムの乗り場が分かれて何カ所もある。仕方が無いので駅前のベンチに腰掛けて井戸端会議中のお婆ちゃん達にどの乗り場から乗ったら良いか聞いてみた。

3.4人のお婆ちゃんが集まってきて、ああでも無い、こうでも無いと世話を焼いてくれる。でもその言葉のなまりがきつくなかなか判らない。20分程度話をしていてどうやら判った。

『お婆ちゃん方にちょっと聞くのだけれど、今話してくれた言葉ってウクライナ語なの、なまりがきつくてよく聞き取れないのだけれど』と聞くと、『私たちは半年前にブルガリアから来たばかりで、ウクライナ語なんて判らないよ。今話をしているのはブルガリア語だよ』と言うのです。びっくり。

私のへたくそなロシア語と婆ちゃん達のブルガリア語でなんとかコミュニケーションがとれたのだ。ブルガリア語は南スラブ語の一種でロシア語に近い言語。お婆ちゃん達がネー、ネー、を頻発する。なーんだ、これって、ロシア語のニェットだったんだー。これだから旅でお爺ちゃん、お婆ちゃんとふれあうのが面白くて止められなくなるのだ。

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駅前の通り。この街には23日から3泊した。泊まったところはLafa Hostel 一泊100UAH(グリナプ)約1,100円。

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ここがかの有名なポチョムキンの階段

ソビエト映画史上で最も有名な、エイゼンシュテイン監督の『戦艦ポチョムキン』(1925年)の一シーン。泣き叫ぶ赤ん坊を乗せた乳母車がこの階段を落ちていく場面は強烈だった。戦後私もこの映画をみてまだ記憶に残っている。

面白いことにこの階段を上から見ると踊り場しか見えない。下から見あげると階段だけで踊り場は見えない。

この階段を下りて埠頭に行くと構内を航行する遊覧船乗り場がある。1,700円もしたが天気も良いので港内を見て回った。

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9月25日だというのに黒海の砂浜には海水客が甲羅干しをしていた。

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、ウクライナ、キエフ編

10月20日(日)、秋が深まってきている、今朝も起きてすぐストーブに火を入れる。

起きて、TVのスイッチを入れる。台風の進路が心配だ。25日午後2時に新千歳から羽田へ、その後午後22時半に成田からドーハに飛び立つ予定。ちょうどこの頃台風27号が日本を通過しそう。うーん、なんとか逸れてほしい。

ウクライナ キエフ (UKRAINE KYIV)  

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国境で台車を取り替えた列車はウクライナの大平原を東に進む。現地時間朝6時頃東の空に太陽が上がりだした。

ウクライナの地図

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まだキエフ到着には幾分時間もあるのに大きな街についた、キエフの郊外にある駅のようだった、美しい駅舎だ。

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2012年9月18日午前、列車は隣国ポーランドからウクライナの首都キエフの駅構内に入って来た。

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キエフ駅のプラットホーム

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キエフ駅のコンコース

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駅の出口

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ВОКЗАЛ この表示はロシア語(ウクライナ語も同じ)で駅の意、 ヴァクザールと発音する、ロシア語圏の各地の駅には駅前の表示がこのように素っ気なくただ駅としか表示されていない。この裏のプラットホーム側から駅の建物を見るとその都市名が書かれている。下のЦЕНТРАЛЬНИЙの表示はツェントラールヌイと発音し中央の意。すなわち中央駅と書いてある。

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駅の出口を出ると目の前に美しい教会が現れた

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鉄道駅の出口を出ると左側に地下鉄駅の入り口があった。netで予約を入れてあるYHは12時からチェックイン可能。すぐ此処から地下鉄に乗り換えYHに向かった。

キエフ2

今夜泊まる予定のHostel Really Central Kieyは キエフ駅前のメトロ駅から1つ先のチャートラーリナヤ(劇場駅)を上がってすぐ、地下鉄駅を上がって少し探した、ここのYHも大きな看板は出ていない。

大きな建物の小さな入り口を入って中庭の向こうの入り口に葉書大の紙にYHの名前が書いてあった、3階に上がってドアに張られている紙にもユースの名前があった。 ドミートリイ、ミックス、6ベット が最安値1泊8ユーロ、この時1ユーロ、92円、日本円で一泊736円、こんなに安いのだからユース泊まりは止められない。このユースには4泊もしてしまった。

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地下鉄チャートラーリナヤ駅を出ると繁華街に出た、周りには大きな建物が建っていた、街は繁栄しているようだ。

キエフは1500年あまりの歴史をもつ東スラブ随一の古都である。「ルーシ(東スラブ)諸都市の母」と称えられ、現在もウクライナの首都として人口270万の大都市だ。

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キエフ到着日翌日から街の中を歩き回った。

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この街の中心部にある独立広場。泊まって居たユースからも歩いて行ける距離だ。

この独立広場を一人で夜遅くまでほっつき歩いて居た。8時過ぎに若い20代の女性が近寄ってきて、直訳すると『あなたは私を必要としないか』と聞いてきた、『必要としない』と答えておいた。こんどの旅では上海以来2度目の誘いだった。

また夕方、広場に集まっている大道芸の集まりで、私の承諾を受けず勝手に私の肩に大きな鷲を止まらせて、この鷲はあなたを気に入っている、えさ代を払えと言う、50ユーロだと言う、這々の体で逃げ出した。

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この建物は郵便局。

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この時期選挙が近いのか、町角にテントを張って各政治団体が活発に政治宣伝をしていた。共産党もある一定の力を持っているのか?。やはりこの時はチェモシェンコ一派が最も活発のようだ。彼女も今では失脚している。

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キエフ街の中心部はドニエプル河の西岸の高台に有るので。地下鉄に乗ってこの河岸に行ってみた。

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ここの地下鉄も地下100m近くにあった、エスカレーターがごうごうと音をたてながら猛烈なスピードで地下鉄のホームに降りていく。

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ドニエプル河の西岸に乱立しているキューポラはベチェールスカヤ大修道院の建物群、深い森の中に乱立している

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ベーチェルスカーヤ大修道院。

ドニエプル川沿いの深い森の中に広がる、東スラブで最も長い歴史を持つ修道院。ロシア正教文化の源泉に毎年多くの観光客が押し寄せているようだ。
 修道院の歴史は1051年、ギリシアの僧アントニオスとフェオドスイが河岸の洞窟で修道生活を営んだことに始まる。この洞窟を意味する『ベェーラ』がそのまま修道院の名前となった。


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ベチェールスカ大修道院の向こうに並んでの川岸に大祖国戦争歴史博物館があった。

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翌日の移動に備えキップを買うためにキエフ駅に出かけた。駅前で日本人のバックパッカーに出会った。まだ若い女性、イギリス人の若いバックパッカー、駅での切符を買うのに手助けをした。右側は同行のAさん。この先の旅の成功を祈って分かれた。

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キエフ駅の待合室

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キエフ駅の構内

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さあ、この列車に乗って次の街、オデッサへ、このように外国の駅のホームは低く出来ている場合が多い、大きなスーツケースやリュックを列車に積み込むにはたいへんだ。















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