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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"ブルガリア(2012ユーラシア大陸横断の旅)" posts

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、ブルガリア、ソフィア編。

11月10日、まだ初雪は来ない。11時現在外気温+7.5度。朝からの風混じりの雨はやんで晴れ間も出て来た。寒冷前線が通過したのか。でも明日の天気予報を見ると終日雪マーク、温度もほとんど終日-だ、昼の12時にかろうじて+1度となっている。さあ、覚悟を決めて冬を迎えることとするか

ブルガリア、ソフィア (BULGARIA Sofia)

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ソフィア中央駅前。

2012.10.12。駅を出たのは10時過ぎ。ユースのチェックインは12時からなので、ゆっくり歩いて行くことにした。事前に調べたところでは駅からは1Km程度有りそうだ。アチラノ店に飛び込んで聞き、銀行には入って聞きながら探した。私の下手なロシア語とブルガリア語でも何とかコミュニケーションが出来る。1時間半もかかって何とかたどり着いた。

街中の表示はキリル文字、ルーマニアではラテン文字(日本で言うところのローマ字)、旧ソ連圏を通過して来たので、ラテン文字よりかキリル文字の方が見た瞬間に理解できた。

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駅前にあった記念モニュメント。駅前は大きな建物も無く、なんだか田舎くさい。後で知ったのだか、駅の中心部は駅から約1Kmも離れたところにあった。

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ユース近くのマケドニア広場、広場と言うから相当広い広場と思って居たが、だだの道路の三叉路だった。近くで聞いたレストランの店員もそこがマケドニア広場と言われて居ることを知らなかった。

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ソフィアで泊まった、ユースホステル。

Hostel Mostel 10月12.13.14.と3泊した。9Bed Mixed Dorm  1泊 7.90ユーロ、750円。
ここのユースは大変人気があるそうで予約を入れておかなければ、満室で泊まれないとのこと。珍しい事に毎晩スパゲッティとビール中カップが無料で振る舞われた。日本人のパッカーも何人か入れ替わりに訪れて居た。

受付の姉ちゃんもロシア語で通じた。

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ペトカ地下教会(St.Petka Samardzhiiska Church)

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旧市街中心部にあった、聖ペトカ地下教会。

地下道から、屋根だけを地表につきだしている半地下式の教会。オスマン朝の統治下の14世紀に建てられた。イスラム全盛の時代、キリスト教会はこのような形を撮らざるを得なかった。

大型デパートのツムの向こう側にそびえ立つイスラム寺院、バーニャ、バシ、ジャーミヤとは何とも対照的だった。

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外観は窓も無く質素だが、内部装飾はすばらしい。現在は教会を囲むように地下道が整備されていて、お土産屋やカフェが並ぶ賑やかな商店街となっていた。

セルティカ遺跡

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古代の城塞都市セルディカの遺跡。地下鉄工事の際に偶然発見された物で2~14世紀の城壁や門の一部が残り、ローマ時代の壺も発掘された。

ローマ帝国治世下の2世紀に、市の中心部を取り囲むように約400m四方に渡って高さ14mの防壁が巡らされてて居たようである。現在この周りには土産物屋やアンティークショップが集まって居た。

アレキサンダル、ネフスキー寺院(Aleksandar Nevski Memorisl Church)

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5.000人を収容する事が出来る、ブルガリアで最大で最も美しいと言われている寺院。

この寺院はブルガリア独立のきっかけとなった露土(ロシアとトルコ)戦争で戦死した約20万人のロシア兵士を慰霊する目的で建立された。1882年に着工して40年の歳月を掛けて作られた物である。

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華麗なのは外装だけで無く、内部装飾もすばらしく、メノオ゜、大理石をふんだんに使った精巧なモザイク画が壁を覆う壁画。3つある祭壇は中央がロシア、右側がブルガリア、左側がそのほかのスラブ諸国に捧げられたものである。

イヴァノヴォの岩窟教会群 (Ivanovo Ивановски Скални Цьркви)

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ブガリア北部にあるイヴァノヴォの洞窟。洞窟内には「主の渓谷聖堂」という教会が有り、内部には聖人を書いたフレスコ画がある。一時には300を超す礼拝堂や聖堂が作られ聖地として栄えたが、14世紀に入りオスマン朝の支配下に入り放棄された。半分以上は朽ち果てている。世界遺産登録。

リラの僧院にオプショナルツアーで出かけた途中にこの岩窟教会をおつずれた。バスを降りてから山道を30分も登ってやった山の中の教会にたどり着いた。狭いトンネル状の洞穴の中に潜り込み、やっと教会の中にたどり着いた。懐中電灯が必携。

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リラの僧院 (Rilski Manastir Рилски Манастир)

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10月13日泊まって居たYHでリラの僧院日帰りツアーを募集していたので参加することにした。35ユーローと言われて居たのに、YHに帰り着いて代金を払おうとしたら30ユーロだった。

ソフィアの南約65Km。リラ山脈の奥深くひっそりとリラの僧院はあった。ブリガリア正教の総本山とも言うべき僧院である。バスに乗って鬱蒼とした山道の森の中を進んでいくと突然僧院の門が現れた。

僧院の歴史は10世紀に遡る。イヴァン、リルスキという僧が隠遁の地としてこの場所を選んだ。始め小さな寺院を建立。それがやがて中世の宗教と文化の中心となっていったのである。

現在の形になったのは14世紀。時の王の庇護のもとで僧院文化は華開いた。その後、約500年にわたってブルガリアはオスマン朝の支配下にはいる。この間キリスト教の信仰はもちろんブルガリア語の書物を読むことは制限されていたが、この僧院だけはそれらが黙認されていた。往時には約300の房に全国から僧が集まり、寝起きしていたと言われる。
僧院の建物は1833年の火災でおおかた燃えてしまったが、その後再建され、1983年にはユネスコの世界遺産に登録されている。

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ブルガリアのポスト

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美味しそうなスイーツ、でもやめておいた、腹下しでもしたら大変だから。

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10月15日、朝09:25に、アフトガーラ、イズトクからバスにてギリシャに向かった。ギリアの国境を越えてすぐのテッサラニキまでである。

アフトガーラはバスターミナルのこと。ソフィアにはそのほかツェントラルナ(中央の意)、アフトガーラがある。
ルーマニアでもバスセンターはアフトガーラだった。トルコになるとオトガルである、またロシア語ではアフト、バクザールという。

このバス、車内でインターネットが繋がる、WiFiで繋いで見たが、簡単に繋がった、でも走行中にデスプレーの小さい文字を見ていると、胸が悪くなったのですぐ切ったしまった。

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ブルガリアとギリシアり国境近く。バスはサービスエリアーで休憩ため停車した。

ギリアはシンゲン条約加入国、ブルガリアは未加入国。出入国管理官がバスに乗り込んできて、バスの中で手続きが終わった。

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