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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"アルバニア(2012ユーラシア大陸横断の旅)" posts

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、アルバニア、チラナ、ドレース編

11月12日、3日間降り続いて居た雪がやんだ、朝、晴れ間も出ていたが今午前11時、再び雪雲が空を覆っている。外気温-1.4度。積雪31cm。

アルバニア チラナ (ALBANIA Tirane)

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チラナの中心部の街並。

フルギニアの地図1


Wikipediaより。

アルバニア共和国(アルバニアきょうわこく、アルバニア語: Shqipëria)、通称アルバニアは、東ヨーロッパのバルカン半島南西部に位置する共和国。首都はティラナ。

西はアドリア海に面し、北にはモンテネグロ、東にはマケドニア共和国とコソボ、南にはギリシャがある。

宗教の信者数はオスマン帝国支配等の歴史的経緯から、イスラム教を信仰する国民が大半を占めるが、信仰形態は非常に世俗的である[2]。また、キリスト教の正教会やカトリックの信者も少なくない。人口約300万人。

                                         以上ウィキベディア。

2012.10.24.ギリシャのアテネから22時間掛けてアルバニアの首都チラナに入った。人々の風貌ががらっと変わっていた。あえて言えば、目が鋭く、険悪な顔をした人が多い。この国の民族だけはバルカン半島の他の国の民族と違って学問的にも、どこから来たのか、よくわかっていないそうだ。

以前共産党が支配していた時代、教条的共産主義で、ソ連を批判し、後で中国共産党も批判し、孤立したスターリン主義にしがみついていた、ホッジャ第一書記の時代だ、長い間東ヨーロッパの片隅でほとんど鎖国状態を続けすっかり経済的にも遅れていたため、共産党支配が崩壊した後も国内の混乱で、未だ立ち上がれていない。

1997年1月、国民の約7割が加入していたと言われるネズミ講が破綻し、大暴動が起こる。長い間鎖国状態であったため、国民はこのネズミ講が株式というものだと思い込んで居たそうだ。

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市街中心部にあった銅像、この国の歴史などよく勉強していないので誰の銅像か判らない。私が知っているこの国の人は、あのノーベル平和賞を受賞したマザー、テレサくらいなものだ。

私がこの国を訪れたのは、ただの中継地としての理由だけだった。
ギリシアからイタリアに移動するに際し、ギリシアからは多数の船便がイタリアへ向け頻発している。当初直接イタリア向けの船に乗るつもりで居たが、旅が当初の心づもりより早く進んでいたので2.3日つぶしてからイタリアに入ることにした。どうせなら日本人にはほとんど知られていないアルバニアと言う国にでも寄って覗いてくるのも良いかな~、と思ったからである。従ってこの国の滞在は2泊のみとして、イタリアへ移動することとなった、

チラナで泊まったユースホステルは、Hostel Albvania. 2泊、10月24日25日、 basic 12Bed Mixed Ensuite 11€ 1,045円。

12 Bedとはなっているが、始日オーストラリアからの2人組が同室したのみで、翌日は1人で泊まっていた、朝食付き、静かな秋の日が流れていた。物価が安い。オープンカフェでビールを呑んでも90円位。

後日、アルバニアで使い残したお札をイタリアに入り、両換えしようとしたら。窓口の女性職員に『これは紙くずだ』と両替を断られた。

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この国はオスマン帝国の支配が長かったのでイスラムの影響がまだ強い、ムスリム(イスラム教徒)がまだ相当居るようだ、町の中心部にモスクがあった。

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共産主義時代の建物、

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この建物の壁にも典型的な社会主義リアリズム調のモザイク壁画があった。

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薬店のショーウインドウにはバイアグラが陳列されている。

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アルバニアの郵便ポスト。

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26日イタリアへ移動のため、ここチラナから鉄道で港町ドレースに移動するつもりで駅に出かけた。駅に道路一本離れてバスターミナルがある。バス停には人々が群がってバスも頻発している。ドレースまで35円。30分おきに発車していた。一方、道を挟んだ駅舎は廃墟状態。薄暗い駅舎の中に入ってみると電気が付いていない。10個ほど並んだ窓口の内1つの窓口のカーテンが開けられていた。

聞いてみると汽車は運行しているとのこと。ドレースまで運賃は73円、所要時間はバスの倍の時間がかかり。1時間半とのことだった。チラナ-ドレース間は地図で見ると40Km程度。何で1時間半かかるのか??

駅からホームに出て止って居た列車を見ると窓ガラスが割れまくって居る、2.3割はガラスが全く無い、他はあってもひび割れている。車体は落書きだらけ、ホームは草がぼうぼう。

駅舎内にあった時刻表は手書きで1日に数本しか走っていないようだ。下の写真が手書きの時刻表。

面白そうなので、物好きにもバスを止めて列車で移動することにした。

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手書きの時刻表

1国の首都の鉄道列車駅がこの有様、これであれば鉄道を廃線にしてバス一本にすればと、無責任な外国人は思うのだが、何か理由でも有るのか。

列車が発車して時間がかかる理由がわかった。時速30Km程度で列車は走る。それも常時汽笛を鳴らしながら。なぜ汽笛を鳴らし続けるのかと思って居たら、踏切にさしかかってその理由がわかった。踏切には遮断機も警報装置も無いのだ、踏切のずっと前から警笛をならさなければ危険だ。

切通の箇所に通りかかると、ワルガキドモが列車目がけて石を投げつけてくる、これで窓ガラスが割れまくっていたのだ。でも面白い1時間半の列車の旅だった。

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割れた窓ガラス。

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ほとんどの人はバスで移動するので、列車の乗客はほとんど居ない、個室で横になって移動した。

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列車の屋根はさび付いて真っ赤、壁面には落書きだらけ。一国の首都を発着する鉄道、あなた達には面子という物が無いのか!と、つっ込みたくなる。

ドレース(Durres)

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ドレース駅のホームから駅舎を見る。チラナの駅に比べこちらはまとも。駅舎も比較的新しかった。駅舎からフエリーターミナルまで跨線橋で結ばれていて、歩いて行くのには便利だ。

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ドレースの町には新しい建物が沢山建っていた。

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フエリーターミナル駅舎。

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この船に乗ってアドリア海を渡りイタリアのパーリに向かうのだ。

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この船尾から乗り込む。

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10月27日朝、アドリア海で夜明けを迎えた。





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