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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"モロッコ(2012ユーラシア大陸横断の旅)" posts

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、モロッコ、アイトベンハドゥー、ワルザザート編

11月25日。朝、今年初めての霜が降りた。午前中は曇り、風が強くなってきた、13時現在外気温+10.6度。

モロッコ、アイトベンハドゥー (MOROCCO Ait Benhaddou

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2012.11.29 マラケシュのYHに滞在中、アイトベンハドゥーへ行くオプショナルツアーの募集があったのでAさんと参加することにした。

アイトベンハドゥとは (Ait Benhaddou )

アトラス山脈を越えたモロッコのワルザザート、カスバ街道沿いのドラア川岸にある、世界でも屈指のカスバ(城塞)。要塞のような日干しレンガの城壁が張りめぐらされている。映画の『アラビアのロレンス』や『ナイルの宝石』は、ここで撮影された。もともとサハラとマラケシュを結ぶカラバンの中継地だったが、世界遺産にも登録されている。

マラケシュを朝出て、夕方帰る日帰りのツアーであった。参加者5人。途中ワルザザードにも寄ってくるようだった。

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マラケシュのメディナを出たマイクロバスは農村地帯を西へ、2時間程度走り、山岳地帯に入る、アトラス山脈に分け入った。高度は相当高く山頂は雪景色も、峠で一服、寒ぶー。

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たぶん峠は2.000mは越えていただろう。峠を過ぎて高度を下げると乾燥地帯が現れてくる。途中ワルザザートの市街を通り過ぎた。ワルザザートはサハラ砂漠ほの入り口だ。

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道ばたにはらくだが。

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川の手前には住宅地が有り、橋を渡って古い住居が固まっている村に入っていく。

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この地は映画のロケ地となったことでも有名。「アラビアのロレンス」その他の映画でも此処で撮影されている。


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この遺跡を見て歩いて居るとき、日本からのツアーのグループが何組かやって来た。こんな辺境の地までやって来るツアーがあることにビックリした。

怪しげな爺さんの2人組、日本語で話しかけても誰も返事もしない。まあ、こんな辺地にいる年寄り2人。怪しがられても致し方ないか。

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ワルザザート (Ouarzazate

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ワルザザードとは。

ワルザザート(Ouarzazate、アラビア語表記:??????)は、モロッコの都市。人口56,616人(2004年)。モロッコ中部、アトラス山脈の南側に位置し、アトラス山脈から流れてきたドラア川が平原に出る地点にある。標高1,151m。気候は乾燥しており、雨はほぼ降らないが、ドラア川の水によってオアシスとなっている。

マラケシュからアトラス山脈を越えてサハラに抜ける幹線道路上に位置しており、交通の要衝である。空港もあり、モロッコのサハラ砂漠観光の入口となっている。ここからダデス川沿いに東のエルラシディアへと抜ける道は「カスバ街道」と呼ばれ、多くの観光客が訪れる。

ワルザザートは交通の便が比較的よく、砂漠の雄大な光景が広がっているため、映画のロケ地としてよく使われる街である。アラビアのロレンス、スター・ウォーズ、007 リビング・デイライツ、ハムナプトラ/失われた砂漠の都、グラディエーター、クンドゥンなどの映画が、この街でロケが行われた。

ワルザザートはかつてはキャラバンが立ち寄るだけの小さな村であったが、1920年代にフランス軍の基地が作られてから発展した。現在でもモロッコ軍が駐屯している。



街の向に湖が見えている。ダム湖の様だ。

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アイト。ベン、ハドーに行く時にもこの街を経由していったが、帰りにはここに車を止めて昼食時間となった。ここは街の中を幹線が走っていて。その幹線の側ので休憩をしたので、街中は見ていない。

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ワルザザードでちょっと遅めの昼食を採った。

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ここでもタジン鍋、

2012.11.29、ワルザザートからマラケシュに帰り、翌30日、マラケシュからカサブランカに移動。30日カサブランカ宿泊。翌12.01午前中列車で1時間のカサブランカ空港駅まで移動。日本への帰途についた。カサブランカ-ドバイ-成田、成田に1泊して新千歳に、自宅へは12.03夜に帰り着いた。

お知らせ

今回の『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記はこのモロッコ編で終わることとする。一部フインランド編からポーランド、ワルシャワ編までが抜けている。これは写真のメディアがどこかに行ったことが原因であるが、見つかり次第、追加で写真の公表をしたいと思っている。

2013.11.27からは先日ツアー参加で行ったイラン、イスラム旅行記をUPする予定である。

また、一連の旅行記が終わり次第、バックパッカーの旅の『旅の技術編』として、列車の切符の購入方法、ユースホステルの予約の仕方、ビザの取得方法、世界の列車時刻表の検索の仕方、等々知り得た知識を優しく解説することもしてみたいと思っています。

海外旅行でも、旅行会社に頼って、5ツ星ホテルに泊まり、お土産を沢山買って、うまい物を食べて、飛行機で移動するような旅には余り参考になりませんが、出来るだけ安価で、自力で、気楽に旅をしたいと思う人も、少しは居ると思います。

やってみれば驚くほどお金を掛けずに旅をすることが可能だと言うことが判りました。世界中の若者達はお金を掛けず自由に世界中を歩き回っています。また、ヨーロッパの年寄りも自由に、ゆったりと旅をしています。

時間と、健康と、気力さえ有れば、年金だけで生活している、私の様な貧乏人も世界中を自由に放浪することが可能なのです。

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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、モロッコ、マラケシュ編

11月24日。久しぶりに朝から晴れ。12:00現在、外気温+7.9度。予報では明日の昼頃まで晴れマーク。

モロッコ、マラケシュ (MOROCCO Marrakech

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2012.11.27.12:05カサブランカからの列車はマラケシュに到着した。

Wikipediaより。

マラケシュ (مراكش marrākish)は、モロッコ中央部、ラバトの南西約280km、アトラス山脈山麓の丘陵地帯、テンシフト川の南岸に位置する都市で、「南方産の真珠」と呼ばれてきた。

マラケシュは、ベルベル語で「神の国」 (murt 'n akush)を意味する。北緯32度、西経8度、標高450mに位置する。気候はステップ気候に属する。人口は66万人であり、カサブランカとラバトにつぐモロッコ第3の都市でもある。(日本版ウィキペディアのフェズの項には、フェズの「2004年の人口は、94万6815人」とある。)

アトラス山脈のうち最も険しい大アトラス山脈の北に位置する。南方45kmには北アフリカ最高峰のトゥブカル山 (4165m) がそびえる。町の東側にはイシル川が流れ、大西洋に注ぐテンシフト川につながる。郊外にはオアシスが点在する。

マラケシュは東西2km、南北3kmの城壁に囲まれた旧市街(メディナ)と、旧市街の西に広がる新市街からなる。新市街の西端にマラケシュ駅が位置する。旧市街は北アフリカでも最大の規模であり、王宮のほか、バイア宮殿、エルバディ宮殿、サアド朝の墳墓群、ベルアベ陵、アグダル庭園などを含む。マラケシュ駅はターミナル駅であり、北に向かってカサブランカ、東へ折れてラバト、フェズへ延びる。町の北10kmの位置に国際空港が広がる。

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マラケシュ駅のコンコース。この駅は新しく、大きな駅だった。大変美しい。カサブランカと違って、この街はコ゜ミも少なく、居心地が良かった。

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駅出口のガラスドア、アラビックの装飾が美しい。

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駅の外から入り口を見る。

昼過ぎに到着したので昼食でもと思った。駅の出口を出ると左手にレストランが有り、オープンカフェになっている。ここで食事をした。

駅売店で買った地図を見ると予約を入れてあるユースはこの街のメデナ(城壁に囲まれた旧市街)のド真ん中に有る様だ。道が入り組んだ旧市街、それも駅からは相当離れているようだ、Aさんと相談してタクシーで移動することにした。

タクシーはメデナの入り口までしか行かれない。城門の中の道は細く車は入られないのだ。城門を入り地図を見ながら探していると、子供が寄ってきて、どこに行くのかと聞いてきた。ユースの名前を書いた紙を見せると、付いておいでと迷路のような道を入っていく。小さなドアの前で此処だという。とても一人はこられない場所だった。案の定、手を出してマネーという。お金を握らせると、少ないと言う。無視してドア押して中に入った。



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マラケシュで泊まったYH。
Hostel Riad Marrakech Rouge.11月27.28.29日、3泊、Standard 4Bed Mixed Dorm.
27日 1泊 80MAD ¥720  28.29日 1泊 70MAD ¥630。

2日目、夜中から寒くて眠られなかった。毛布1枚。寝袋はカサブランカのホテルにデポジットして持ってきていなかった。ここはアフリカそれに相当南に下がって来たので温度は高い物と勝手に想像していた。朝夕の冷え込みがこんなにきつい物とは想像していなかった、失敗だった。

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YHの談話室、各国の若者達がいつも詰めかけていてフレンドリー、日本人の女性も1人泊まって居た、イングランドに住んでいて一人でモロッコ観光に来たとのことだった。

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YHの屋上からみたモロッコのメディナ

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朝のジャマエルフナ広場。

11世紀後半にマラケッシュが首都であった頃から街の中心となっていた広場。かつては公開処刑なども行われていた。現在も、大道芸人や飲食物、金属細工を扱い屋台などがところ狭しと軒を並べ、混然とした賑わいを見せる。 屋台の絞りたてオレンジジュースは名物のひとつで、日本のみかんジュースに近い甘さがあるが、屋台によっては衛生面に問題があり、腹を下すという話もたまにある。

古くからモロッコの観光名所の一つとなっているが、近年、治安が極端に悪化。観光客への安全を考慮し、広場に面したレストランなどから風景を眺める形式を採るツアーも増えつつある。

事実2011年4月にこの広場で爆弾事件があり死傷者が出ている、アルカイダに関係する事件だったようだが、気にせず歩き回った。午前中はこの様に人のでは少なかったが、2泊目の夕方この広場を通りかかったら、人でびっしり夜遅くまで賑わっていた。、

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この広場の有名人、水売りのオジサン。

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コブラ使いが居たのでこっそり遠くから写真を撮ったら見つかってしまった。写真代50€だという。とんでもない、泡を食って逃げ出した。蛇遣いはこぶらを放置して追いかけることも出来ないので、何とか逃げおうせた。

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メデナ内の店、このあたりを冷やかして歩いて居た。

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2012.11.30 マラケシュからカサブランカに帰る。カサブランカに1泊してここからカタールのドーハ経由で12月1日に帰国することにした。


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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、モロッコ、カサブランカ編

11月23日、曇り時々小雨、15:00現在+5.5度。穏やかな初冬の土曜日。

モロッコ、カサブランカ (MOROCCO Casablanca

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カサブランカのCasa Voyageurs 駅

タンジールからの寝台列車は早朝04:30カサブランカに到着した。この列車はマラケシュまで行く、此処は終点では無い。でも安心、3時半頃車掌が起こしに来た。

まだ外は真っ暗、明るくなるまでこの駅で休憩することにした。隣の食堂が6時半頃から営業を始めたので朝食を採る。朝夕は結構冷え込む。待合室で待つ間も寒さが身にしみる。

待合室でちょろちょろしていた猫をジャンパーの中に入れて抱いていた。猫も暖かいのでのどをゴロゴロ鳴らしながらおとなしく抱かさっている。

モロッコの地図1

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ホテルまでの道、ゴミが散乱していて、汚い。

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泊まったホテルまでの小路、このように何処の小路でも工事中で猛烈に歩きづらい。

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カサブランカで泊ったホテル。

Hotel Central Casablanca 11月23.24.25.26 4泊 1泊200MAD ¥1.800 朝食付き。

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YHで泊まったのは前の写真の2階部分。ここの窓から下を見ると小さい公園のような通りが見えている。ここのベンチにいつも猫が2.3匹たむろしていた。暇になると下に降りてこのベンチに座って、猫を抱いていた。

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古い城壁が有った、大砲が海に向けて並べていた。

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カサブランカの街は新しいトラムの工事中だった、電停もまだビニールがかかっている。

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試運転のトラムが街中を走り回っている、当然お客は乗っていない。

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レストランで食べたモロッコサラダ、5.6皿持ってきた、この内食べたのはタコだけだった。

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カサブランカで食べたイワシ、ただ塩を振って焼いたもの、此処ではこれが一番うまかった。指だけで食べる。

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モロッコと言えばタジン鍋、名物にうまい物無し。

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果物は豊富だった。

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通りの奥の洗濯物と、パラポラアンテナとのコントラストが面白い。

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ハッサンⅡ世モスク。

モロッコ最大の都市カサブランカにある、同国最大のモスク。高さ200mのミナレットがそびえ立つ。前国王ハッサン2世の発案で、1986年から8年かけて建造された。内部には2万5000人、敷地には8万人が一度に礼拝できる。伝統的な建築工法を用い、モロッコ全土から3300人もの職人を集めて、すべて手作りで緻密な装飾を施した。身体を清める泉や浴場、神学校、図書館、博物館、カフェなどが併設され、そのすべてが税金と寄付金で建てられた。

このモスクのミナレットは世界で最も高いミナレットと言われて居る。

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12月近くになるというのに、サーフインをしている若者達が居る。

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大西洋の並が岩壁に打ち付けている。

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ハッサンⅡ世モスク内部の地下。
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イスラムの光と影。

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ハッサンⅡ世モスクの博物館が敷地内に有った。

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この国はイスラムの国、アルコールは禁止されている。レストランやオープンカフェでも大の大人の男達が日がなミントティを呑んで1日を過ごしている。

此処の街の旅行記をネットで読んでいると、マラケシュの街でお酒を売っていると書かれていた。街に出て通りを歩いていると1軒だけ酒を売っている店が有った。見ていると、ここには行ってお酒を買っている地元の人がいた。店員は酒瓶を新聞紙で包み、黒いビニールの袋に入れて手渡していた。お客はすぐにその袋をジャンパーの中に入れて、外から見えないようにして、急いで店を出ていった。やはり酒を買うのは人には見せられない様だ。

この写真のビールの名前はカサブランカ、ビールだった。

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11月27日、カサブランカからマラケシュに列車で移動した。3時間20分の旅だ、大西洋岸から内陸部に入っていくが車窓からは畑の緑が続いていた


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『禿爺のユーラシア大陸横断の一人旅』旅行記、モロッコ、タンジール編

11月22日、12時現在外気温+5.5度。朝の内ちょっと晴れ間が出ていたが、また雲が上空を覆ってきた、明日も1日曇りのようだ。

モロッコ、タンジール (MOROCCO Tangier)

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Wikipedia より

タンジェ(ベルベル語: Tanja, アラビア語: طنجة‎ ṭanǧah, フランス語: Tanger, スペイン語: Tánger タンヘル, ポルトガル語: Tânger タンジェル, 英語: Tangier)は、モロッコ北部にある都市。人口は、約67万人(2004年)。ジブラルタル海峡に面した港町で、スペインやジブラルタルなどから多くフェリーが行き来し、国際都市として栄えている。タンジールの表記も見られる。

2012.11.22.午前11頃船は港に入ってきた。入国手続きはもう船の中で終わっている。岩壁にはバスが停まっていて、ターミナルまでバスで移動となった。

どうもここはタンジールの市街から相当離れた港の様だった。リスボンで出会った日本の女性が以前タンジールに渡ったことが有り、其処は非常に危険な所で、船から下りるとスリが多かったり、荷物を勝手に運びチップを要求したりで、タンジールには長居はしないですぐ移動するように、と注意を受けていたのに、この港はさんかんとして、人も余りいない。

ターミナルのインフォメーションセンターでタンジール駅までの移動方法などを聞いている間に、この港から市街行きのバスが出てしまった。1時間に1本しか無いと言う、タクシーの運転手に駅までの運賃を聞くと40$だと言う。インフォメーションセンターで聞いたときも、市街まで40Kmもありタクシー1台は40$と聞いて居たので、Aさんと2人で乗ると一人20$となり。タクシーで市街の駅まで乗車した。

帰国後、この港を調べたらどうも市外近くの港とは違って東に50kmも離れたTange Magと言う新しい港に入港したようだ、ここから市中心部には鉄道線路が工事中で、まだ開通していない。市の中心部にも以前からの港があり、ここにアルヘンシラスからの船便も入港しているようだった。

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タンジールの鉄道駅。

ここに昼頃到着した。駅でカサブランカ行きの列車時刻表を見てみると、タンジール21:35発、カサブランカ翌朝04:50の列車がある。これに乗ればYH1泊分が空くので、この夜行寝台でカサプランカに移動することにした。

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ここタンジール、ビラ駅は新興地区に新しく出来た駅のようで、駅舎も周りの建物も近代的な物ばかり、それに大きなビルの工事もあちこちでおこなわれていた、西の方に以前の港が有り旧市街もそちらにある様だ。

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旧市街には市場もあり、散策も面白いと思ったが、みんなが危険、危険というので、夜の9時過ぎまでこの新興地区で時間を過ごすことにした。

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駅から200~300m歩くと海岸に出る。芝生の美しい公園もあり、芝生に寝そべって時間を過ごした。

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我々が到着した新港と違って旧港に真っ白なクルーズ船が止って居た。

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もうすぐ12月だというのに、太陽の光はさんさんと降り注ぎ、夏のようだ。アフリカ大陸にやって来たのだと言うことが実感出来る。



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