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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"ロシア旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記No2

10月26日、カザフスタン、アルマトゥイ市滞在。今日順調にウズベキスタンのビザを受領することができれば即刻、キルギスタンに出国の予定だ。天気は良好、先日のみぞれ交じりの雪の日が嘘のように暖かく感ぜられる。

この2.3日市内を歩き回ってnetができる箇所を探したが判らなかった。あっても日本語環境がない、日本センターでは工事中でだめ。原稿と写真の整理をしていだ。キルギスのビシュケクに入ったら、すぐnetができるところを探して、貯めてある原稿と写真をBlogにあげるつもりでいる。此処、カザフスタンとアルマトゥイに付いて少し説明をしておきましょう。
カザフスタンは中央アジアに位置する広大な国で、面積はアルゼンチンについで世界第9位、日本の約7倍の広大な国です。人口は、1.484万、通貨はテンゲ、今日現在1$147.5テンゲ、100テンゲ55円位でした。民族はカザク族54%ロシア人30%、そのたウクライナ人、ウズベク人などです。

アルマトゥイはこの国の南部国境近くにあるかっての首都、今は首都は此処から北、国の中央部のアスタナに移っています。かってソ連邦の一共和国時代にはアルマ。アタと言われ、スピードスケートの世界新記録が頻発するウインタースポーツのメッカでした。南側に山岳地帯があり、北に緩やかに傾斜をして草原地帯に続いています。街の中から南方に白く輝く山々が見ることができました。市の人口は120万人、街中を歩く人々も多くの民族ごとの顔をもち、聞こえてくる言葉は6.7割りロシア語、私は約1週間滞在しましたがロシア語で全く不自由をしませんでした、東洋、特にモンゴル系の顔立ちの人も多く、時々地元の人と間違えられ道を聞かれたこともありました。
町並みはほとんどロシア的ですが、木々の多さにはびっくりです。森の中に街が埋もれているようで、大木のトンネルの中を歩いているようです。

街の中心部には垢抜けた店が多く、スーパーマーケットなどの品数は日本以上に感ぜられました。ただこれらの店では高価なものが多く、庶民は昔からのバザールに群がっています。市外にあるパラホールカ市場に行ってみましたが、人並みで身動きが取れないほど、中央アジア最大のバザーといわれているところでした。商品の数と、店の多さには圧倒されます、ほとんど中国から入ってきた品で、電気製品、衣類などはニセブランド品が圧倒的で、中国のパワーがひしひしと感ぜられました。

アルマトゥイ市内のスーパーマーケットのレジ。

アジア横断旅行 006-1

スパーマーケットの食料品の陳列棚。

アジア横断旅行 099-1

今10月25日、今日昼からカザフスタン日本センターに出かけ、PCを借り、この記事と写真アップの作業をする予定で。先日買ったUSBモデムはエラーが出て3日しか使っていなかったのですが、使えなくなりました。3日間買った店を探したのですが、どこにあったのかわからず、修理していません。また街のインターネットカフェに行ったのですが、日本語フォントなしで、日本語が使えませんでした。

明日26日は昼からウズベキスタンの領事館に出かけ、ビザを受けとり、直ちにキルギスタンにマルシュルートカ(乗り合いミニバス)で向かいます、3.4時間で、隣国の首都ビシュケクに到着の予定です。4日続いた下痢も治り、現在体調に異常ありません。

25日15時15分、日本センターから帰ってきた、無駄足だった。いま建物の工事中で回線を切っていて来週まで使うことができないとのこと。場所がわからなかったので行きにタクシーを使い1000テンゲ580円も使い、かえりはバスで帰ってきたら25テンゲ15円だった、馬鹿みたいな話。車掌にいくらだと聞いたら、年金生活者かと聞いてきた、そうだというと25テンゲといわれた大したものだ、外国人でも年金生活者は電車賃も安い。これも社会主義時代の名残だろう。

旅行日記の続き。

4時00分、セーベロバイカルスクに着いた。此処から時間帯が変わるので14時と書いている、1時間遅らせる。この地方では比較的大きな街、2.3万位なものか。といってもこのあたりはほとんど人が住んでいない所である。50分の停車時間があったので街中に出かけてみた。駅は町外れにあり、街中心部まで徒歩で10分程度、揺るやかな坂道を歩いて中心部まで行ってみた。

途中強烈な看板有、次の写真がそれ。このあたり中国人が入り込んでいるのか、漢字で書いてある。まさか日本人目当ての物ではないだろう。列車の車掌さんと雑談していたとき、長い間この仕事をしているが、ここの列車では日本人はほとんど見かけない、記憶では1.2人で非常に珍しいといっていた。この看板も多分中国人目当てのものであろう、勝手に決め付けることにした。

セーベロバイカールスクの駅舎

アジア横断旅行 625-1

セーベロバイカルスクに会ったあまりにも直接的、刺激的な看板

アジア横断旅行 626-1


話が脱線するが、ロシアのホテルの室内電話は直接外線に繋がっているものが多い、全部かもしれないが。それで頻繁に外から電話がかかってくる。ここカザフスタンでもかかってきた。例の御用聞きである。寝入りばなにたたき起こされる。この地には電話がかかってくるような知人は少ないので、ベルの音がなると、直ぐわかる。丁重にお断りするロシア語も考えずに口から出るようになった。これはホテルの従業員がその手の業者と結託して、何号室に男が1人で泊まっていると情報を流しているのだ。今夜の電話では英語がわかるのが良いか、ロシア語しかわからないものでもいいかと、英語で聞いてきた。ワハハー

15時00分頃、ウルガンを過ぎたあたりで初めて畑らしいものが見えてきた、相当南下してきたようだ、永久凍土地帯から出たようだ。夜中にブラークツクを通過したようだが寝込んで知らなかった、此処には大きな街があり、巨大な水力発電所で有名な所だが。

10月14日、10時30分タイシェット着、ここでBAM鉄道は終わり、シベリヤ鉄道本線に入る。

テンダからモスクワまでの長距離列車を牽引する、巨大ジーゼル機関車

アジア横断旅行 324-1

11時00分頃、食堂車に行ってみる。話の種に1度くらいはと思って出かけてみた、高い、ビールも1本飲んだが、600p2000円もとられた、この1週間もの列車の長旅での食事は、駅の売店、長時間停車の場合は街に出て、スーハーマーケット等で、パン、牛乳、ジュース、ソーセージ、チーズ、りんご、葡萄などを買い込んで車内で食べている、1日の食事代も300円もあれば十分だった。野菜不足を感じ、途中の駅の食堂で野菜サラダを注文して食べた、わらびが入っていて日本人の口によく合うサラダだった。

食堂車の中、此処での食事は高いので、普通の乗客はあまり寄り付かない。

アジア横断旅行 477-1


16時30分頃エニセイ川を渡る。此処から時間帯変更、また1時間遅らしている。

列車はエニセイ川の鉄橋を渡る。

アジア横断旅行 636-1


16時35分クラスノヤルスク着、大きな街だ、45分停車なので駅舎を出て、街をちょこっと見て回った、この日は快晴、小春日和、雪はまったく無い

クラスノヤルスクの駅舎。

アジア横断旅行 646-1

クラスノヤルスク郊外のダーチャ(日本語には別荘と訳されているが、郊外の農作業小屋のようなもの)群

アジア横断旅行 632-1


10月15日、04時12分ノボシビルスクに到着した。時間が早いので駅のホテルで少し寝ようと思って駅のホテルに行って見たが、空き室が無いと断られた。仕方が無いので明るくなるまで待合室で時間を過ごすことにする。
07時30分、少し明るくなったので知人宅に電話する。ノボシビルスク市からまた時間帯が変っている。
08時知人夫妻が駅にやって来た。今日は2人とも勤務なので、自宅に来て風呂に入って休んでほしい。冷蔵庫の中のものは何でも食べてよいと自宅のかぎをかけて仕事に出かけた。早速9日ぶりにバスを使いよごれをとった。気持ちよくソファーで朝寝12時時過ぎに奥さんが戻ってきて、今日は泊まっていってほしいといわれたが、ロシアの滞在登録は個人宅では面倒なのでホテルに泊まる事し、探してもらったがなかなか無い、1番安い部屋1泊3000p10500円だ、仕方なく此処に2泊することにする。

10月16日、07時30分起床、散歩に出かける。泊まっている所は街の中心部、レーニン広場の近くだ。地下鉄に乗ってみた、料金は14p47円位、ロシアの地下鉄も市内巡回バスも距離には関係なく同じ料金で何処まででも行ける。3駅めの学生街駅まで乗ったところでパスポートを持ってこなかったことに気がつき、引き返した。

ノボシビルスクの中心街にある小さなロシア教会

アジア横断旅行 030-1

公園でアイスクリームを食べる女の子たち。ロシア人は真冬でもアイスクリームを食べる。

アジア横断旅行 025-1


09時30分、近くの郵便局に出かけ、昨晩書いた絵葉書を日本に送ることにした。所が切手がないと言う。怒った。『此処は何処だ!郵便局だろう。郵便局に切手がないとは、馬鹿も休み休みに言え!!』窓口の若い女性がおくに引っ込み、上司が出てきた。窓口に絵葉書に張るような切手を常備していないようだ。ほかの窓口、売店、そして奥にまた引っ込み、切手をかき集めてきた。絵葉書1枚に4枚もの切手を貼らなければならなかった。先に住所、氏名を書いてしまったので切手を貼る箇所がない。無理してなんとか張った。

このことは以前にも経験していて、切手を貼ってから、余白に住所、氏名を書かなければ成らないのだが、あれからもう5.6年たっているので、改善されていると思ったが間違いだった。日本では、はがき1枚に張る切手、封書の最低料金など1枚でよいように用意されていて、必ず窓口に常備されている。なかなか習慣は変わらないものだ。

14時00分、ホテルの部屋でSkypeをつないでみた。
サハリンのホルムスクでUSBモデムを3800円位で買った。これはUSBスティック状のもので、ロシアであれば何処にいてもインターネットに繋ぐ事ができる。勿論何日か前に通過した人家も全くないタイガの中ではだめだ。
買ったUSBモデムには個別の電話番号が付けられていて、アクセスポイントに電話をかけて繋ぐ、すなわちダイヤルアップで繋いでいるのだ。早さも236kpbs位しか出ていない。メールを見たりHPを見たりに使うのであれば便利だSkypeでは音声はだめ、よく切れるのと、Voiceのタイムラグが大きくて使い物にならない、文字チャットは出来る。

カザフスタンのアルマトゥイでも買った、こちらは4800円位した。4日使ったところでエラーが出て使用不能。料金は最初買ったときに代金の中に最低料金が含まれていて、使い切ったら街中にたくさんあるATMのような機械に、追加料金を振り込み、また使うことが出来る。多く携帯電話も同じシステムだ。買ったときに聞いてみたが1テラまで最初使えるとのこと。時間ではなく、やり取りするデーターの量に対応した課金システムのようだ。
このモデムにはSIMカードが入っている、ということは、他の国に移動してもSIMカードだけ買い換えるとそのまま使える仕組みではないだろうか、キルギスタンに入ったらむ早速試してみることにる。

このUSBモデムは2社から発売されていて、最初ロシアではBeeLine社の物は観光ビザの外国人には売ることが出来ないと断られ、MTS社の物を買った。カザフスタンではMTS社がなくBeeLine社しかなく聞いてみると、観光ビザでもOKとのこと、これにした、先の課金制度には1月単位の定額料金制度もあるようだが、私のように短期滞在者には向かないので従量制のものにした。注、写真ではMTCと写っているが、このCの文字は、ロシア文字でラテン文字ではSにあたる。

これがUSBモデム、非常に便利だが、速度が遅い、いらいらする。
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10月17日、今日はカザフスタンに出国の日、16時に出発なので、12時にホテルをチェックアウトして、知人宅に移動少し昼寝をして15時頃車で駅まで送ってもらった。

ノボシビルスクの知人と。大変お世話になった。

アジア横断旅行 043-1

奥さんと、ノボシビルスク交通大学の教授、アクテブが口癖、非常に活動的な夫人だ。
アジア横断旅行 044-1

16時46分、列車はノボシビルスク駅をカザフスタンのアルマトゥイに向け出発した。同室は中年の女性、彼女は12時ころバルナウールで下車した。バルナウールからは子連れの女性と、熟女が乗ってきた、彼女たちはアルマトゥイまでらしい。

17時30分頃、オビのダム湖のそばを進む。ロシア人はこの湖を『オビ海』と言う。海ではなく、湖だと言うと、向こう岸が見えないので海でいいんだと言う。なるほど向こう岸は見えない。

ロシア人が海と言うオビ川のダム湖。

アジア横断旅行 059-1

20時00分頃、車掌が名簿のような用紙を持ってきて記入してくれと言う。車内は暗いし、文字が小さい上ロシア語書いてある。私の老眼ではとても読めない。そう言うと車掌はパスポートを見せてくれれば記入するとのこと、頼んだ、この名簿はその後国境を越える際に使うものだった。

18日04時50分。国境前で列車は停車、列車の出入り口は鍵がかけられ、出入国管理官が3名やってきた。車内は暗いので懐中電灯で一人ずつ顔を照らし、じっくりとパスポートの顔写真と照合する。その後税関の係員がきて、車内をくまなく検査をする。結局ロシア側での停車は1時間に及んだ。私の滞在登録書は何も聞かれなかった。

07時15分国境を越えカザフスタンに入る。

08時40分、カザフスタンの入国審査が車内で始まった。男女ベアの係官で、男の係官が空いたベットに腰掛持ってきた黒い小型のカバンを開けると中にnetPCが入っていた。提出したパスポートを見ながら入力、そしてカバンの横にパスポートを差し込んでスキャナーをしている。迅速に事務が進む。カザフスタン、やるんじゃないか!と言う感じ、その後にパスポートを手にして、生年月日をロシア語で聞いてきた、即座にロシア語で自分の生年月日を答えると、なかなかロシア語がうまい、どこで習ったのかと、雑談になった。友好的、そして迅速な入国処理だった。

09時35分、男が札束を手に両替に回ってきた。残っていたロシアのルーブルを全部、カザフスタンのテンゲに変えた。その後頻繁に物売りがやってくる。外は広大な平原、ステップが続く。

10時30分、セメイに到着、外は小雨、ホームに出て写真を撮っていたら、警官に怒鳴られた。ロシアでは全く自由で写真を撮りまくっていたのに、警官に聞いてみるとカザフスタンでは駅構内の写真撮影はどこでも禁止だ、と言われた。今時小さなものでもみんな衛星写真を撮られているのに、この国には隠さなければならない物が何かあるのか?
まだ、権威主義の悪弊が残っているようだが、内政不干渉でおとなしく従うほかない。

ここセメイは元の名前をセミパラチンスクといい、ソ連時代、核実験で有名なところ、従って神経質な日本人は ここには近づかないことにしている者も多い。
このあたり見渡す限り山は見えない、緩やかな丘はあるが地平線まで続く草原だ。家畜の放牧はほとんど見えない。

カザフスタン領内に入った、ホームでのキオスくで肉の串刺しが見られるようになった

アジア横断旅行 074-1

今回の旅行記その2はこの辺で一区切りとします。

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅日記No1

10月22日、カザフスタンのアルマトウゥイ市にいます。、昨夜からの雨が雪に変わった。寒い。、木々の葉が霙に散りめている。ここの気候は旅行ガイドブックによると、北海道の旭川市とよく似ているといわれている。街は森の中にあるようだ。至る所に大木の並木道があり、歩道の上は木々で覆われている。

カザフスタン、アルマトゥイ市、バンフィロフ隊2士記念公園の秋

アジア横断旅行 112-1

霙交じりのみちを歩いていると道の脇に止められた車に人々がたかっていた。覗いてみると車のトランクを空け、そこでラグメンを作って売っているのだ。寒い路外で熱いラグメンをふーふーいいながらぱく付いている。ラグメンはウイグル風の麺に野菜と肉を炒めたものをかけて食べるやつだ。これは旨い。ウズベク風のものはスープに素麺か冷麦程度の細いが浮いているもので、あまり好みではない。3日前から下痢でトイレ通いをしているので。食べたかったが我慢した。
ラグメンかと聞いてみると、ラグマンだと言われた。なるほど。失礼しました。

以後この旅行を日記風に書き続けていきます。

10月6日、自宅を8時の列車で出発、途中特急に乗り換えて、10時過ぎに新千歳空港に着いた。国際便の発着ビルは、今年3月に出来た新しいビル、初めて足を踏み入れた。閑散としている。店も少ない。13時半過ぎにサハリンのユジノサハリンスクに向け飛び立った。

新千歳空港国際便ターミナル出発フロアー。閑散としている

DSCN3854-1.jpg

私は当初アントノフ24のプロペラ機と思っていたが、少し古いがボーイング737だった。飛行ルートは石狩市の上空から留萌地方、宗谷地方の海岸から少し内陸に入った上空を飛行、1時間半もたたずに着陸した。飛行場から市内にはバスで移動約30分、満員に近い、面白いのは乗り込むときどんどんと前から乗ってきて、後方にいる人で切符が変えなかった人が、前の人に手渡しで前に座っている車掌までお金が届き、切手大の粗末な切符がまた手渡しで後ろの人まで届く、お釣りがあるときもお金も一緒に届く。降りるときにその切符は回収しない。完全に乗客の善意を前提に成り立っている習慣です。

朝霧にかすむユジノサハリンスク駅前広場

アジア横断旅行 172-1

7日、朝8時2時間かけホルムスク市へ移動、此処から対岸のワニノ市へ移動しようとしましたが、なかなか船が出てくれません。結局15時間遅れて翌日朝まだ暗い3時に乗船。ワニノに着いたのは夕方6時過ぎ、1日1本しかないコムサモリスクナアムーレ行きの列車はすでに出た後。明日の列車を待つために駅にあるホテル泊まりました。1泊950円、安い。

ワニノ駅とプラットホーム

アジア横断旅行 236-1

間宮海峡(ロシアではタタール海峡という)連絡フエリー、サハリン8号

アジア横断旅行 182-1

カムサモリスクナアムーレの駅舎

アジア横断旅行 288-1

8日、この間ホテルで色々と騒動がありましたが、ごご5時過ぎに列車はコムサモリスクナアムーレへ出発、翌9日朝7時に到着しました。駅ですぐ次の地への切符を購入、すなわち、コムサモリスクナアムーレーテンダ間、テンダーノホシビルスクスク間、この切符は思ったより高く、現金が不足したので、カードで購入。テンダ行きは午後の17時、この間駅のホテルで休む。10時ころ無線の仲間ua0ckp、アレクサンドルから電話、昼ころ駅に行くから午後からコムサモリの街を案内るといってきた。(携帯電話はサハリンに入ってすぐ買った、約3.000円)。
12時過ぎアレクサンドルが娘と彼女の恋人を連れて車でやってきた。約2時間街を案内してくれた。その後19時45分列車でテンダ向けに出発しました。

アマチュア無線の知人、アレクサンドルが娘さんとやってきた。

アジア横断旅行 551-1

彼との出会いはすでに彼によりロシアのアムール地方アマチュア無線クラブのホームページで写真と共に報ぜられている。

http://www.amurhamradio.ru/index.php?option=com_g2bridge&view=gallery&Itemid=32&g2_itemId=7366

当初同室だった中年の陰気な紳士は途中の寒村で下車、その後陽気な中年の労働者が乗り込んできた、気さくに話しかけてくれるのはいいが、酒が好きでおおむね朝から晩まで飲んでいる。最初から私はアルコールを受け付けない体質と言っておいたのに、盛んに酒を進めてくる。
彼はサハのヤクーツクで鉄道建設に従事していて、休暇で自宅に帰るとのこと、給与がいいのか、iPhoneを持っていた途中車内にロマ(ロシア語でツガン、昔ジプシーと言われていた民族)の女性たちが携帯電話を頻繁に売りに来る、袋に20~30ケも入れている、中国製のまがい物、彼は彼女らを冷やかし、2つも買っている、ちゃんと繋がる。彼とはノボシビルスクで別れた。

テンダから同室だったロシア人、よく喋る。陽気な青年とおとなしい中年。

アジア横断旅行 432-1

意気投合している老人と青年。

アジア横断旅行 437-1

コムサモリスクナアムーレ、テンダ間はほとんど人家が見えない、数時間に一度小さな集落が現れる、集落には鉄道の引込み線があり木材を積んだ貨車が停車している。積んでいる木材は非常に細い、足場丸太の2倍程度、周りに生えている木々も、鉛筆の芯のように見える白樺、唐松ばかりだ。地面には焼け焦げた木の根か多数ある。野火でタイガが焼けた後である。このあたりは永久凍土地帯、延々と野火の後が続き、その後の自然更新が始まっている。

BAM鉄道は貨物輸送が主な鉄道、始発のサビアツカバガーバニーから、コムサモリスクナアムーレそしてテンダ間は客車は1日1本しかない、後は貨物列車ばかり、時々小さな駅に停車して逆送してくる貨物列車をやりすごす。

広大なタイガの中をひたすら西へ走り続けるBAM鉄道列車。

アジア横断旅行 274-1

今まさにタイガの中に没しようとする太陽

アジア横断旅行 512-1


ここで興味がある風景に出会った。数時間人家のまったく無いタイガを進んできて、小さな集落が現れた、人家2~30軒程度、ちょうど集落の真ん中に平屋の大きな木製の建物が見える、この集落には鉄道の引込み線があり、木材を積んだ貨車が10車程度止まっている。この大きな建物の周りは木製の2m程度の塀で囲まれていて、その上にさらにバラ線で1m程度囲んである。この建物の前に木柱が有、そこにはへんぽんと北朝鮮の国旗が翻っていた。例の出稼ぎ労働の収容所だ。だまされてロシアに出稼ぎに出ても、ほとんど賃金もまともにはもらえず、過酷な労働と食事に耐えかねて脱走するもの多数、しかし広大なタイガの中、人家のある所までたどり着けず多くの労働者が死んでいるようだ。たまたま、脱走に成功したものが数(数百人単位)モスクワまでたどり着いて不法滞在者となってロシアの社会問題になっている。
ワニノの駅に、不審な集団が居た10人程度、2人を除き、皆異常に身長が低い痩せ型で、眼光がするどく、他の乗客から離れて固まっている。胸には例の金日成バッチ。彼らは何者か?、この労働収容を見て思い出した、なにか関連でもあるのかもしれない。(この記事が北朝鮮に見つかると、私の身辺も危なくなるかも)。

コモソモリスクナアムーレの駅ホームで皆から離れて固まっている不審な一団、皆胸には金日成バッチ

アジア横断旅行 246-1

テンダ着の前日車内ではテンダはもう冬、雪が降っているとの話が流れた。12日07時30分テンダ着。まだ薄暗い、駅のホテルに入って12時46分発のノボシビルスク行き列車の発車まで休むことにした。1時間程度寝てから、街に出てみる。積雪4~5cm程度、道は氷で覆われている。駅から市外中心まで徒歩で15分程度、坂を上がって町の中心部に行ってみた。

テンダはすでに冬だった、積雪5cm、道路は凍てついている。テンダ駅舎。

アジア横断旅行 601-1

コムソモリスクナアムーレで現金が足りなくなっていて切符をカードで買ったので此処で銀行に行って両替をした。またスパーマーケットに行って食料を買う。その後駅のレストランで食事、パン、ゆで卵、サラダ、コーヒーで97p350円。駅の温度計ではー4.5度を示している
13時10分列車はノボシビルスクを目指して動き出した。これから3泊4日のまた列車の旅が始まる。

翌13日07時15分、タクシモに一時停車、此処から西は電化区間、でもわれわれの列車はテンダ発モスクワ行き、ジーゼル機関車がそのまま牽引している。外の積雪5cmくらい、このあたりから時々トンネル区間がある。14時00分ころバイカルが見え出した。バイカルの南岸は2度訪れたが北は初めて、北からもあまり代わり映えのしない景色だった。

タクシモのホームで、あの極寒のヤクーツクから帰省中の若者は雪の中でも、半そでのTシャツ、寒さをものともしない、子供たちは雪の中ではしゃぎまわっていた。

アジア横断旅行 388-1


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今カザフスタンに来ています

10月21日、カザフスタンのアルマトゥイ市に滞在しています。ネットの状況が悪くまともに記事をあげることが出来ません。後でもう少し詳しい記事を書きます。

ロシアのノボシビルスク市の駅で、これからカザフスタンに向かう私。家を出てから髭をそっていません。

アジア横断旅行 051-1



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