HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"カザフスタン旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記No3

21日、ウズベキスタンのフエルガナ市でホームスティーをしています。明日22日再び首都のタシケン
トに戻り、トルクメニスタンのビザ交付最終手続きに入る予定です。

ここフエルガナ地方は日本の四国くらいの面積に多くの人が住んでおり人口密度はほぼ日本と同じくらいとの事、文化的にも保守色が強く、人々の生活にも昔の文化が多く残っていて、バザールの喧騒な中に身を置いてアラビアンナイトの世界を楽しんでいます。冬が近づいてきて朝夕霧が町々を包み込み、そんな霧の中から車が100kmものスピードで飛び出してきて、ひゃっとさせられます。

この週ほとんどネットが使える状況になく、写真も大分溜まってきていますがBlogの更新が出来ませんでした。今日街を歩いていたらネットカフェを見つけ、そこからネットに繋いでいます。大きなネットカフェでも誰もPCを使ってません。周りの皆が不思議そうな顔をして私を見ています。まだまだインターネットは此処では珍しいようです。

写真を楽しみにしている方が多いようなので、とりあえず写真だけでもアップいたします、都合がつき次第文書と写真説明文を順次上げていきます。ご勘弁を

カザフスタンと元の首都アルマトゥィの写真

カザフ23

カザフスタンにはロシアのノボシビルスクから列車で入りました。国境を越えて初めての大きな町に停車しました。セイメイの駅舎です。セイメイは旧ソ連時代セミパラチンスクと呼ばれていて核実験場が有ったことで有名なところです。このことを知っている人々はここに近づくのをいやがります。

カザフ24

列車がカザフスタンに入るとホームの出店が増えてきました。羊の肉を焼いている物もありもうもうと煙を立てています。

カザフ25

カザフスタンに入って列車が停車したときにホームにでて写真を撮っていると駅員に叱られました。駅での写真撮影は厳禁とのこと、ロシアでは自由に写真を撮らせてくれたのに、抗議をしましたがニェット(NO)だけでした。
しかなく車内らこっそりと撮ることにしました。ホームの向こうにある白い建物はキオスクです。
キオスクという言葉はトルコ語からロシア語に入り日本語に入ってきたと言われています。

カザフ26

女性が持っている魚は川魚の燻製です。とても一人では食べきれないので買うのをやめました。

カザフ30

アルマトゥィ市の西にあるサイラン.バスターミナル(バスターミナルをロシア語ではアフト、バクザールという)ここの二階に安いドミがあるとのことで行ってみたが、夜7時から朝9時までとのこと、その時間帯で一泊500円位で泊まれるが場所も街中から離れているし不便なのでやめて、市中心部に移動した。
写真の車はマルシュルートカ。

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ここはイスラム圏ですが、以前ソ連時代を経験、人々の間にはイスラムの陰は薄れていました。
この写真はイスラムの教会、モスクを改築しているところです。

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街中のバザール行ってみました。羊の頭が売られてました。どうも苦手、おいしいそうですが、勘弁してもらいました。

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ここアルマトゥイはリンゴで有名なところ、市場での果物類の品揃えは良い。しかしリンゴも梨も、柿も小さく堅い、また甘みは日本の果物と比較して劣る、以後歩いた国々でも同じ、日本の果物が特別なのだ。
ただ、ぶどうとメロンはとてもおいしくみずみずしかった。

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28人のバンフィロフ戦士の公園で、新婚カップルが無名戦士の墓に次から次へとお参り来ていた。

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28人のバンフィロフ戦士の公園の中央に建つゼンコフ正教教会。1904年に建てられた木造建築の協会。

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ゼンコフ正教教会

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晩秋の28人のバンフィロフ戦士の公園

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晩秋の28人のバンフィロフ戦士の公園

カザフ9

晩秋の28人のバンフィロフ戦士の公園、前夜ちらついた雪が残り大変美しい。


カザフ1

市中央部のシベック、ジョル大道通りの歩行者天国。雨で人通りが少ない。

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歩行者天国の通りで民族楽器をつま弾きながら古い民謡をうたっていたおじさん。

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ゼンコフ正教教会前広場で鳩と戯れる子供たち

カザフ13

ゼンコフ正教教会前広場で鳩と戯れる子供たち

カザフ16

ゼンコフ正教教会前広場で鳩と戯れる子供たち

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カザク民族楽器博物館。28人のバンフィロフ戦士の公園東端にある。木造建築建物。

カザフ29

これはアルマトゥィⅡ駅、市の中心部にある。アルマトゥィⅠ駅は市郊外にある。
ロシアのノボシビルスクからカザフスタンに列車で入り、3日目の朝予定より30分も早く乗客が下車の準備を始めた、中にはゆっくりしている人も居る? 隣の人に聞いてみるともうすぐアルマトゥだと言う。列車が着くと一斉に乗客は降りだした。うん?。でも座っている人も居る、へんだな~。再度確かめるもアルマトゥィだと言う、確か終点のはずなのに??。仕方なく降りた。駅前でタクシーを捕まえ今夜泊まる予定をしていたバスターミナルの宿まで頼むと10Kmも有るとのことだった。

後日わかったことでは、アルマトゥィの主要な駅であるアルマトゥシⅠ駅は郊外にあり、ここから市の中央部のアルマトゥィⅡ駅まで支線が伸びていて国際列車はこのⅡ駅までそのまま乗り継ぐことができたのであった。きたばかりで知らないままに一つ手前の駅で降りてしまったようだ。

DSCN3952-1.jpg

街中にあった美しい建物、壁に中世のここの民族衣装を着飾った人々が書かれている。

カザフ21

此処にも有った、なんと直接的表現か?このドア開けて中に入るだけで100テンゲと書かれている、日本円で50円位の物か。

カザフ22

アルマトゥィから次の訪問国キルギスのビシュケクにマルシルートカで移動した。白いマイクロバスがマルシュルートカである。前の建物はドライブイン。


正式国名カザフスタン共和国。
面積 272万平方キロ(世界第9位) 人口1,564万 首都アスタナ、人口64万(今回は行かなかった)今回は以前の首都アルマトゥィ(ソ連時代アルマ、アタと呼ばれていた)行ったのみ、人口136万

10月18日夜中ロシアのノボシビルスクを出た列車は国境に着いた。両国の入出手続きは係官が列車に乗り込んできて車内で済ませることができた。
19日朝アマルマトゥィ駅に着く、2泊3日の列車の旅だった。事情がよくわからずに終点1ツ手前の駅で降りてしまった。この日朝からおなかが痛い、痛いおなかを欺しだまし、タクシーで40分かけて西に有るバスターミナルに向かった。ターミナルの公衆トイレに駆け込んだ。ワー、此処は『ニーハオトイレ』の世界。ドアはない、私がしゃがんでいるすぐ前に髭面の親父がこちらを向いて立っている。こちらも負けずに睨み付けて力んでいた。この日から4日間下痢で苦しめられた。

ホテルは町の中心部にある中級ホテルの最安の部屋を取った。次の日20日にウズベキスタンの領事館へ出向きビザの申請の手付きをして来た。この日領事館の帰り頃からまたおなかが痛くなり、以後3日間ホテルから外出せず寝ていた。

ここアルマトゥィでは当初からウズベクのビザを取るために幾分長期の滞在を覚悟していたが結果ウズベクが6日間もかかってしまった。
外国での領事館通いは初めて、最初まごついたが、以後慣れて順調に申請が出来るようになった。この間下痢も治まり毎日街中を歩き回った。

アルマトゥィは結構大きな街で、街中の商店も垢抜けした物も多い。人々もロシア語を話している人も半数近くか、スーパーの品揃えも日本とほとんど変わらない。

10.28翌日のキルギスへの移動に備えバスターミナル二階のゲストハウスに宿泊を移動した。10.29朝マルシュルートカでキルギスタンへ出発した。









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