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北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"キルギスタン旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO4

11月24日、ウズベキスタンのタシケント滞在中です。今夜現地時間200:05分、タシケント駅からブハラに向かって移動します。25朝トルクメニスタンを陸路国境を徒歩で越え、入国予定です。

トルクメニスタンはインターネットは論外、以後スピードを上げてイスタンブールまで移動するつもりですので、Blogに記事を書いている暇はないものと、覚悟しています。

写真のうち整理のついているものを出来るだけ上げておきます。文章、写真説明は余裕が出来てからとさせていただきます。

キルギスタン 首都ビシュケク市

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キルギスタンの首都ビシュケク。泊まったゲストハウスの近くのモスクのミナレット、1日5回この塔の上から
アザーンが流れる。今回の旅はイスラム圏を通過した来たがアザーンを聞いたのはここキルギスとトルコだけだった。

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ビシュケクで泊まっていたゲストハウス、さくらゲストハウス。オーナーが日本人で中央アジアを通過する日本人バックパッカーの吹きだまり箇所。あまりにも居心地が良いので沈没してここから出てけなくな恐れあり。

キルギス22

入り口の鍵が3ケ所も有る。何処の家でも高い塀を引き回し、鋼鉄製のドアがついている、1階部分、中には2階部分の窓には必ず鉄格子がはめられている。

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この日、日曜日だったせいか町の広場で何組もの結婚式が行われていた。旧ソ連圏の国々では結婚登録所で登録を終わった後、戦没者慰霊所で花輪を捧げる各くまちまちの戦没者慰霊所では永遠の火が燃えている。

キルギス7


DSCN3993-1.jpg

アラ.トー広場有る国立歴史博物館
現地の大学に通う大学生の案内で2時間ほど見学した、

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バンフィロフ公園。

DSCN4014-1.jpg

アラ.ト広場にある国旗掲揚塔の下で近衛兵が直立不動の姿勢を保ち護衛していた。

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2010.04の政変暴動で焼き討ちに遭った建物、そのまま残されていた。大統領府の左前にある.


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ウイグルから中央アジア各国で有名なラグメン(またはラグマン)。中国のウイグルから西のウズベク移動するにしたがって味が変わってくる。私にとっては中国のウイグルが一番おいしかった。
麺はゆでた後冷水で締めていない。ゆであがった麺に羊肉と野菜を炒めた物をかけてある。

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大統領府、2010.04の政変では此処の前の広場を中心として衝突が起きた。大統領の護衛兵がこの建物の屋上からデモ隊を狙撃し多数の死者がでた。

キルギス16

キルギス国立大学

キルギス21

ビシュケクの街中から南の郊外に真っ白く雪をかぶった山々が見えていた。アラ.トー山脈である。

キルギス23

ビシュケク駅。日に数本しか走っていない。駅舎内も閑散としていた。ソ連が解体して残された鉄道は途中
に他国をまたいで走らなければならい箇所が沢山でき、運行に支障がでるようになり鉄道は衰退している。


正式国名キリギス共和国。 キルギスタンとも呼ばれることがある。現地の発音ではクルグスタンに近い。
国土は19.8万平方キロ(日本の半分程度)、人工540万、主都ビシュケク90万。

10月29日、カザフスタンのアルマトゥイからマルシュルートカ(乗り合いミニバス)で陸路国境をこえビシュケクに入った。
カザフから出国のさい、カザフのイミグレーションで問題発生。カザフスタンに5日以上滞在した場合、滞在登録が必要だったが、不必要と思い込んで滞在登録をしていなかった、出国手続きを拒否されたが何とか今回だけは勘弁してもらい出国できた。

キルギスのビシュケクではタジキスタンのビザ申請のため4日以上とどまることにして、結果1週間とどまってしまった。ゲストハウスの居心地が良く出国する気にならなったらからだ。ちなみにここキルギスは日本人はビザがいらない。

キルギスでは4月の暴動から政変がありまだ火がくすぶり続けており、夜半はあまり出歩かずに、ゲストハウスでウオッカを飲んでいた。私が出国した2日後にビシュケク市内で時限爆弾が破裂したとのニュースを隣の国のタジキスタンで聞いた。

町は小さく田舎くさい、道を歩く人々もキルギス語を話す人が多いい。でもロシア語は問題なく通じる。

11月6日キルギスタンからタジキスタンへ飛行機で移動した。当初今度の旅は全コース陸路移動の予定であったがキルギスからタジクへの移動情報を収集すると陸路の移動は危険なことがわかった。

1.国境を越えるための公的交通機関がない。
2.途中南部のオシュで一泊が必要、この地域先の暴動から完全に正常化されていない。
3.途中2~3.000mクラスの峠越えをしなければならないが11月に入り峠が雪で塞がっている可能性が有る。
4.公的交通機関がないのでタクシーかトラックのヒッチハイクが必要、高額のお金を要求される可能性大。
5.この峠のあたりはアルカイダの勢力が強く、またアフガンからの麻薬搬出ルートと重なる。
と言うわけで小心者の私は怖じ気づいて飛行機移動に逃げ込んだ。

6日早朝前日の夜に頼んでおいたタクシーが迎えに来て、町から35Km離れたマナス空港に向かった。空港にはアメリカ空軍の軍用大型輸送機6機がひっそりと駐機していた。アフガニスタン、イラクへの前線基地になっているのだ。

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