HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"トルクメニスタン旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO12

11.27日、朝7時少しすぎに駅に出かけ当日のトルクメンバシュ行きのキップを買おうとしたが、売り切れで買うことが出来なかった。仕方が無いのでバスターミナルに行き、トルクメンバシュ方面の乗り合タクシーを探した。この時期(冬も近い11月下旬)、トルクメンバシュ方面に向かうバスは無く、乗り合いタクシーだけだ。それも人が集つまらない。ホテルで聞いてきたが、トルクメンバシュまで630Km、6時間、1台40$が相場とのこと。4人乗れば1人10$なのに外国人とみて50$と言う、1時間も粘っても30$までしか安くしない、3倍だ、それに人が集まらない、3時間待っても3人しか集まらない。面倒になって30$払うから出発してくれと、根負けした。

運転手はカラクム砂漠を西へ猛烈なスピードで飛ばしまくる、途中のドライブインで昼食をとりさらに西へ。途中同乗者が1人降り、また1人降り、1人なった。そうするとまだ終点のトルクメンバシュまで200Kmある砂漠の真ん中で40$払ってくれなければ、ここで降りて歩いて行けと言い出した。なんだかんだと宥めて35$まで値をあげてトルクメンバシュまで走らせた。でも考えてみると630Km、6時間、日本円にすると3,000円弱だ、只みたいな物。

トルクメニスタン、トルクメンバシュ市

トルクメニ

アシカバットからトルクメンバシュ間630Km、カラクム砂漠を西へ。タクシーは猛烈に飛ばす120km/h平均で走行した。

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トルクメンバシュで泊まったホテル。最初訪ねたホテルは一泊10$、部屋を見せてもらうと清潔で無い、少し外れた所にこのホテルがあった、まあ見るだけと思い行ってみた。高い一泊50$。冷やかしに部屋を見せてもらったら広い!バス、トイレも大きくて清潔、日本ではどう考えても2万円近くするような部屋。それに朝食、夕食付きだ。
たまには贅沢と2泊した。

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このホテルのロビーにもあのお方の巨大肖像画があった。

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ダブルベットに一人寂しく泊まる。

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朝食、パンはいくらでも食べられるが品数は少なかった。老人にはこれで十二分。

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トルクメンバシュ港から見るカスピ海の夕暮れ。

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トルクメンバシュ港から見るカスピ海の朝焼け。

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待ちに待ったフエリーがやっと入港してきた、前日深い霧で一日中沖合に停泊して入港できなかった。

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トルクメニスタンのトルクメンバシュとアゼルバイジャンのバクーを結んでいるフエリー、一応1日1便だがしょっちゆう欠航する。

国外退去処分を受ける!

タシケントのトルクメニスタン大使館で苦労して取ったビザは、トランシットビザ、有効期間5日間の物である。トランジットビザは通常5日間の物しか発給しない。最終日は11.29日、この日の11:59分までに出国手続きを終了しなければならない。

この国の印象があまり良く無かったので1日早く出国しょうと27日夕方トルクメンバシュに入った。翌28日は朝から深い霧。9時過ぎに2Km離れた港のフエリー乗り場に行ってみる。窓口で聞くと船は沖合に停泊しているが霧で入港できないと言う。12時過ぎまで待ったが入港しないし霧も晴れない。窓口の係官が一端ホテルに戻って待機してほしいと言う。入港が決まったら電話で連絡するからと言われ、ホテルに戻った。夕方まで連絡が無いのでもう一泊することにした。午後8時過ぎに電話が入り、今夜は入港しない、明日は霧が晴れると天気予報も出て居るので入港するだろう、明日の朝9時までにターミナル待合室に来て待ってほしいとのこと。

翌29日は朝から快晴、しかし船は入っていない。結局船陰が見えだしたのは夕方7時を過ぎていた。9時過ぎに接岸、乗客を降ろし終わったのは10時過ぎ、ビザが切れそうなので早く出国手続きと焦るも、係官はもう少し待てのみ。

結局出国手続きの受付を開始したのは日にちをまたいだ30日午前00.32分。私のバスボートを見た入出国管理官は即座にニエット(ロシア語でNOの意味)と宣言。このパスポートに問題があるが判っているかと言うので、判っていると答えると、他の人の出国処理を終えるまで待てと言われた。

01.00時過ぎ呼び出されて行くと、滞在期間が経過しているのでこのままでは出国は認められない、不法滞在であると言う、たった35分くらい、それに不可抗力であり、事前に係員にその旨伝え指示を仰いだのに、と抗議したが35分も1日も同じ不法滞在だという。出国に関する権限は私一人にあるので一般の係員に指示を仰いでもだめだという。

1.不法滞在に対する罰金450$を国の指定する銀行の口座に払い込んでその領収書を持参すること。
そんな大金は持って居ない、もしあったとしても、真夜中の1時過ぎに窓口が開いている銀行が何処にあるか!直ちに拒否。
2.1に従わいない場合、首都のアシカバットへタクシーで行って法務省に出頭して滞在日延長の手続きをしてタクシーで戻って来ること、この場合延長手数料600$、首都まで630Kmをタクシーで往復なんてそれも600$、馬鹿らしい。直ちに拒否。

1.2とも拒否をするのであれば、不法滞在で国外退去処分に処すと宣言された。最初日本に戻れと言われたがこの国からの直行便はないので断ると、何処の国のビザがあるかと聞かれた。アゼルバイジャンのビザはあるというと、身柄をアゼルバイジャンに送るという。それって、最初からアゼルに行くつもりだったので、即刻受け入れた。

パスポートに不法滞在により国外退去処分になった、今後5ケ年間の入国を禁ずる旨のスタンプを押すと言う。そんなスタンプが押されたパスポートを持って居る人はほとんど居ない、記念になるので2つでも3つでも押してくれとからかってやった。

船には正式な出国で無いので乗船できないという。そのとき他の係員が私の後ろに来て耳元で小さな声で、船長に90$渡すと船に乗せてくれると囁く、うん、それって船長に賄賂を渡すと乗せてくれるって言うこと?
。了承した。90$はちよっと痛いが日本円で7.500円位のもの、450$や600$に比べると何のことも無い。

その後入出国管理官は2時間もかけて関係書類をパソコンで作った。真っ白な紙を渡され、自筆の顛末書をロシア語か英語で書けという、日本語であればかけるが、ロシア語や英語では書けないと拒否すると、こちらで書くが良いかと言う、はいはい、この国を出てしまえば後はどんなことを書かれようとまかせますと白紙に署名だけして渡した。一連の処理が終わったのは3時過ぎ。

船に乗ろうとしたら一般の乗客の乗船口と違うところに連れて行かれ、すぐ船長室に、入管になにか言われたかと言うので船長に90$渡すように言われたとこたえると、領収書は出せないが、其れで良いかと来た。即刻現金で払うととたんに上客扱いに変わった。

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カスピ海、本当は世界最大の湖だが、全く海だ。トルクメンバシュ、バクー間結局35時間かかった。

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フエリーはボロボロな船、客室も穴だらけ、全く手入れをしていない古い船だった、乗客も5人しか乗っていないので、食堂は休業。この部屋ツインで良い方、一応トイレ、シャワーはあるがトイレの水が流れっぱなし、便座が無い、シャワーも水が漏れていて使えなかった。乗船賃15$とシーツ代3$計18$、一番安い部屋2段ベットの4人部屋は10$だった。

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持ち込んだ食料が途中で切れた。船員が時々顔を見せて『食べ物はあるか』と聞いてくる。無くなったというと船員食堂に案内されて無料で食事を食べさせてくれた。(当たり前だ、前にも書いたがが船長に90$もワイロを払っているのだから)

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12.01日早朝まだまっ暗なうちにフエリーはアゼルバイジャンのバクー港沖に到着したが沖合に停泊して、下船したのは午後3時だった。写真の船はこれからトルクメニスンに向かうフエリー。

アゼルバイジヤンのイミグレで私がパスポートを出すと係官が集まってきた。ニヤニヤしながら『おまえ、トルクメニスタンで何をやらかしたのか』と言う、事情を話すと、アゼルでは期間中に出国してくれよな、と言われた。

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この写真が、この度の旅行の花丸スタンプ、話の種にもってこいだ。5ケ年間入国を禁じられているがこんな国に二度と来るものか、何処に行ってもジェンギ、ジェンギ、もう沢山だ。


トルクメンバシュ (旧名 クラスノヴォーツク この名前の方がこの国では通ずる) 人口6.5万

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO11

11.26日朝6時前まだ夜が明けていないアシガバット駅に列車は入った。

トルクメニスタン、アシガバット市

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夜明け前のアシカバット駅舎。

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朝早かったのでホテルのチェックインは午後からにして、大きな荷物は駅の荷物一時預所に預け、町に出てみた。ここは大学らしい。

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夜が明けてきた、町にはゴミがほとんど落ちて居ない、もちろんタバコの吸い殻など全くない(当たり前だ、全面禁煙なのだから)。後で判ったが、日が昇る頃多くの清掃員がいっせいに街中に繰り出して町の清掃を始めた、軍隊も清掃に当たっている。
人海戦術で街中の清掃をしているのはいいが、歩道は段差だらけ、所々にある車道横断のトンネルも階段。街角の交通信号は最新版のLEDだか、歩道からほとんど見えない、車のことしか考えていないようだ。障害者なんか全く眼中に無い。

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金色のドームは大統領官邸。

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この町でも大統領の巨大肖像画か町中に氾濫している。

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11月も下旬になったと言うのに木々はまだ緑を保っている。

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朝から街中を散策していたが昼近くになったのでいったん駅に戻り預けてあった荷物を受け取りホテルに向かった。

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このホテルに2泊した(ホテル、アシカバット)。1泊30$。
ソ連時代の旧式システムのホテル。7階もあるのにエレベーター動いていない。各階の階段を上がったところに鍵番のオババが机を出して座っている。外室する時にはこのオババに鍵を預て出かける。

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ホテルの4階客室から見たアシカバット駅舎。

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街の中心部を覗む。

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朝日に輝く大統領官邸の黄金の丸屋根。
ここアシカバットは1948年の大地震で全市が壊滅。その後再建された街は典型的なソ連の中都市風だったが、それも独立後の90年代半ばからにわかに激変しだした。初代、終身大統領のトルクメンバュが、新生トルクメニスタンの都を『世界で最も美しい都市の一つ』に変貌させるべく、自ら大規模な都市改造に乗り出し、天然ガスから得られる富を惜しげも無くつぎこんでいる。
その姿は、あたかも征服地の富と人材を帝都サマルカンドの建設に集中させたチムールを思い起こさせる。
ただバシュの場合その関心は、都市機能でではなく、もっぱら美観の向上にあるらしく、とくに大統領をたたえるモニュメントと肖像画、政治的スローガンが過剰なほど街中にふれている。

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独立記念塔。

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ベルゼンキとよばれるホテル、ビジネス街。

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あちらこちらで都市大改造中、工事だらけで歩道はほとんど歩けない。トルコの建設会社が多く入っているようだ。

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アサディ広場の金無垢の大統領像。

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アザデイ広場のトルクメンの名馬アルハ、テケ種の像と噴水。

アザディ広場からの展望。(動画)

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訳のわからない巨大な建物が延々と続く。お伽の国に迷い込んだようだ。

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早朝から働く道路清掃員の女性、

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女学生達も民族衣装を着ている、男子学生も全員黒の背広でラフな姿の若者達はまったく見なかった。

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バスの待合所

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朝やけ浮かび上がるアシカバット

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この親父、アシカバットからトルクメンバシュへの乗り合いタクシーて一緒だった親父。いやに馴れ馴れしく調子がいい親父と思ったが、最初から最後までたかってきた。
タバコを一本恵んでくれ、ジュースを飲んでいたら一口飲ませろ。昼近くなったころ『もうすぐドライブインに寄って昼飯だ、一緒に食べよう、一杯飲もう』と宣った。強く断って離れたテーブルで昼食を食べているとウオッカの瓶とカップを2ケもってやって来た。一緒に飲もうと言う、あっちに行けと!怒鳴りつけた。

食事を終え会計を求めるとものすごく高い、(どうしてこんな値段になるのか)と聞くと、彼処にいる人が2人部分の食事代とウオッカ代を私が払ってくれると言った、と言う。馬鹿も休み休みに言えととどなってやった。もちろん自分の分のみはらってドライブインをでた。

タクシーの乗り込むとケロッとして乗り込んで来て飲みかけだった私のシジュースを飲ませろと言う。残っていた分を全部飲み干して、空の瓶をわたしてやった。

この国の者は行く先々でたかってくる、道を聞いた警察官も、別れ際にまた、ジェンギ、ジェンギだ、この後行った、トルクメンバシュでも警備をしていた兵隊が寄ってきてジェンギ、ジェンギと親指と人差し指をこすり合わせる。おまえらこの言葉しか知らないのか!!、と思ってしまう。民族的なものか??

注、ジェンギ(деньги ロシア語でお金のこと)


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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO10

11.22日フエルガナからいったんタシケントに戻り、23日トルクメニスタン大使館に行ってみました、この時も朝6時に席取りをしました、11番目でした。11時再度行くとトルクメニスタンから入国許可が来ていました。パスポートを出して再度正式のビザ申請です。翌23日の午後5過ぎにビザを交付するとの事でした。

23日5時前に再度出頭、ビザを受け取り直ちに地下鉄でタシケント駅に直行、当日夕方発の列車のキップを買うことが出来ました。8時過ぎタシケントからブハラへ寝台列車で移動となりました。

この列車、線路の保守が悪いのか縦揺れ、横揺れで脱線しないかと思うほど揺れ続けた、朝7時頃やっとブハラに到着。ブハラ駅は市中心部から東へ12Km離れた郊外あり、トルクメニスタン方面へのバスターミナルは反対側の西の町外れにある。バスセンターに向かおうとタクシーを捕まえると此処から国境まで走るから乗って行けとしつこい。運転手は良いかもを捕まえたと必死だ。1人で乗ると高いのだがこの季節(冬がちかずいている)トルクメニスタンなどに行く人は居ない、マルシュルートカや乗り合いタクシーを待っていても何時出るかも判ないと、喚く。こちらも面倒になりこのタクシーで国境まで行くことにとにした、運転手の言うように国境方面に行く車は1台もいなかった。

1時間くらい走って国境に到着。イミグレの前に数十台コンポイ(大型トレーラートラック)が停車している。渋滞しているトラックの脇を荷物を担いで一人イミグレの建物に。運転手が言ったように歩いて国境を越えようとするする者は私の他には居ない。国境越えの審査が厳しいと聞いていたが簡単にウズベキスタンを出国出来た。

ウズベク20

トルクメニススタンのイミグレの建物が遙か彼方2Km位先に見えている。ウズベク側にいた警備員がこの緩衝地帯は歩行禁止、近くに駐車しているマイクロバスに乗れという、1人乗ってトルクメニスタン側へ、7$も取られた。

トルクメニスタンのイミグレーションの建物に入ると、事務室にかかっている巨大な大統領の肖像画が目に飛び込んできた。さすがー、中央アジアの北朝鮮と揶揄される国たけある!緊張に身が引き締まる。入国税と称する訳のわからない税金を10$もとられて、無事入国できた。
建物を出るといつもであれば客引きのタクシーの運転手に囲まれるのであるが、ここではタクシーが1台しか停っていない。車代を交渉すると安い。近くのトルクメナバット駅まで移動した。街に入る前にアムダリヤ川を渡った。10時前に駅に到着した。




トルクメニスタン地図1-1

トルクメニスタン、トルクメナバット市

トルクメニ1

トルクメナバットの駅舎、近代的でモダンなものであった。午前10時前国境からここへ直行した。首都アシカバットまでの列車便を調べると1日2本、午前と夕方にある、夕方の便に乗るとホテル宿泊を1回回避できるのでこれにした。キップを買うと12トルクメン、マナト(365円)だという、桁を聞き間違ったのかと何度も聞くも365円という。5時過ぎに乗車して翌日朝6時着の寝台ワゴンである、あまりの安さでびっくりした。

トルクメニ2

駅入口にたたずむトルクメニスタン美人。この国の女性達は皆このような裾の長い服を着ていた。

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午後5時過ぎに列車に乗り込む、乗客は少なく私の客室は1人だった。荷物を客室に置きホームに出てタバコを吸っていると車掌が飛んできて、この国ではいつでも何処でもタバコは全面禁止だ、警察に見つかったら巨額の罰金を取られるという。前の大統領が肺がんで入院した時に、大統領令で全面禁止になったそうだ。着いたばかりで朝から夕方まで屋外でタバコを吸っていた、危ない危ない。
イスラム教徒はほとんどタバコを吸わないから不平は出ないのであろう。ロシア人やウズベク人は隠れて吸っている。

列車が出て客室で寝ていると9時過ぎに車掌がやって来た。車掌室で内緒でタバコを吸わせてやると言う、
親指と人差し指をこすり合わせてゼェンギ、ゼェンギ(ロシア語でマネーの意)と言う。

この後この国の何処でも、警官、兵隊まですぐゼェンギ、ジェンギと言ってくる。全くいやな国だ。



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この国の別名は中央アジアの北朝鮮と言われている。何処に行っても大統領の金無垢の銅像、巨大肖像画が目立つ。スヤーゾウ広場の金無垢の大統領銅像

トルクメニ7

トルクメニ5

北朝鮮と違うのは外国のテレビを観る事は出来る。アパートの屋根上には大型パラポラアンテナが乱立している。ホテルでテレビを観ていると朝から晩まで国威発揚場番組ばかり、たまにある歌番組も男女の歌手が直立不動の姿勢で古い民謡調の歌を歌っている。これでは国民が外国の番組を観たがるのは無理がない。

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ここでも大統領の巨大肖像画。

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駅舎内の肖像画、年を取った婦人たちがこの肖像画を見て『いい男だねー』と話していた。吹き出しそうになった。

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駅前のレストランでまたラグメンを食べた

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列車が市街地を離れると貧しい住宅が続く。ここの列車もよく揺れた。

トルクメナバットからアシカバットに列車異動中の車窓からの景色。

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正式国名 テュルクメニスターン 慣用名トルクメニスタン 面積 48万㎢(日本の1、3倍) 人口504万
首都 アシガバード 84万

トルクメナバッド 人口16万。
アムダリヤ川に近いレバーブ州の州都゛旧名チャルジュウはペルシャ語のチュハル。ジュブ(4つの流れ)が訛ったもので、15世紀に遡る歴史的な名前だった。独立後突然にトルクメナバット(トルクメンの町)に変えられた。



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