HIDEのPhoto BLOG

北国での日々の生活や個人旅行を写真でお知らせします。


"グルジア旅行" posts

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『50年遅れのバックパッカー』アジア横断旅行記NO14

12.03日午後8時過ぎにバクー駅から次の国グルジアに向け出発した。翌日朝07.30分国境に着いた、先に税関が乗り込んできて車内を検査する。その後入出国管理官が乗り込んできた、列車の一番はじめの客室に陣取り室番号順に乗客を呼び出して、出国手続きを始めた。私の客室に同乗していた人達は国境の手前で下車して私は一人だった。一つ前の部屋には若い20~30代の男女が乗っていた。

出国審査が進み、隣の部屋の女性が呼び込まれた。4.5分で出国スタンプをもらい出てきた。次は男性か呼び込まれる。『43番、ヤポーニヤ(日本) ××××、前に出てドアの前で待機しなさい』と呼ばれた。ドアの前に進むと中の一部が見る。何か尋問を受けている様だ、手続きが長引いている。

そのときホームに機関銃を肩にかけた兵隊が5.6人集まってきて整列しているのに気がついた。一団が列車に入ってきた。ギョッとしてみると一番前の兵隊の手に手錠がある。
2人が客室に入り、1人が若者の腕を後ろに回しもう一人が手錠をかけた。若者は抵抗しなかった。

どんな事情があったのか、目の前で手錠をかけられたのを見たのは初めてだった。この若者達はここで列車から降ろされて、軍用車で連行されていった。

グルジア(サカルトヴェロ) トビリシ市

グルジイ24

トビリシ駅で降りて、外に出てみると駅前は古く低い建物が続き、うらぶれた感じを受けた。アゼルバイジャンのバクーが経済的に繁栄していて、街も活気があったが、ここでは近代的な高層ビルもほとんど目に入らず、うらぶれた感じがした。

グルジイ1

タブイスプレバ(自由)広場。

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タブイスプレバ(自由)広場の記念塔。

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市庁舎か。

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プーシュキン通り、此処から小路に入った所に泊まったStar hostelが有る。

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トビリシで泊まったユースホステル一泊17$(もちろんドミートリー朝食付き1ベットの値段)。
このホステル、アゼルバイジヤンのバクーで出会ったバックパッカーの台湾人に教えてもらった所。開設してまだ1週間と新しい、それにオーナーがフレンドリーで居心地が良かった。
1日目に同室だったフインランドのお兄ちゃんが次の日に移動していって2日目は一人だった。

グルジイ17

ホステルの部屋、4ベット1部屋、それと6ベットの1部屋の計2部屋があった。

グルジイ16

シャワー室、このスタイルが他の国でも多かったが、水を受ける所が狭く使いずらかった。

グルジイ18

Star Hostelのオーナー、奥さん共々気さくで快く泊まることが出来た。

グルジイ3

トビリシ市内の建物。

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トビリシ市内の建物。

グルジイ5

トビリシ市内の建物。

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トビリシ市内の建物。

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トビリシ市内の建物。

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トビリシ市内の建物。

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トビリシ市内の建物。

グルジイ11

トビリシ市内の建物。

グメジイ13

トビリシ市内のガソリンスタンド。

グルジイ23

向かって左側が両替所。右のドアの上の文字がグルジア文字、全く読めず、移動するときも地元の人に直接聞いて移動しなければならなかった。ロシアとの関係が非常に悪化していたが、何処でもロシア語の質問に心良く応じてくれた。

グルジイ12

街の中を流れるムトウクヴァリ川

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市街東側の高台にかすむツミンダ、サメバ大聖堂。2004年建築。コーカサス最大の宗教建築物と言われている。中に入ってみたがロシアの正教寺院などと大きく相違して、中は非常にシンプル、装飾画やイコンなど全くない、私はグルジア正教の教会はここしか入ったことが無いし、知識もほとんど無かった、帰国後ネットや本でグルジア正教の教会内部の写真を見たが、壁画やイコンなどが飾られている。なぜこのツミンダ、サメバ大聖堂がシンプルなのか判らない。2004年建設の新しい物で有ることが原因なのか?(残念ながら内部写真はカメラ盗難によりない)。

中央正面にキリスト像が1つだけだった。なを、コーカサス3国の内アゼルバイジャンのみイスラム教圏、グルジア、アルメニヤはキリスト教圏である。

グルジイ20

オルタチャラ、アフトバクザール(バスターミナル)。ここから乗り合いタクシーでアルメニヤに移動。

グルジイ19

始めここのハスターミナルからマルシュルートカでアルメニアに移動するつもりだった。朝7時にターミナルに着くもこの季節お客さんが集まらずマルシュルートカも乗り合いタクシーも出発しない。4時間も待って11時ころ、マルシュルートカはあと3人、タクシーが1人となったので少々高いが乗り合いタクシーで移動することにした。
写真は客寄せの運転手達。

グルジイ21

グルジヤ-アルメニヤの国境緩衝地帯をいく(グルジア側サダロフ、アルメニア側バクラタシェン)。
このように緩衝地帯はフエンスで囲まれた狭い歩道を歩いて越えるところが多いい。ここは小さな川(川幅5.6m)が流れていて其れが国境になっていた。

グルジイ22

向こうに見えている建物がアルメニアの出入国管理事務所。アルメニアのビザはイミグレの窓口の手前のもう一つの窓口で簡単に発給を受けられる。
パスポートを出してビザの発給を求めると、パスポートのコピーを取る、その用紙の裏側が申請書になっている。必要事項を書いて出す。ガイドブックに注意が有ったが、アルメニアでの宿泊箇所名およびその住所が空欄だと突き返された。わざわざ持ち歩いているロンプラをリュックの中から出して、適当に書いて出した。
ビザ代30$、50$札を出したらおつりが無いからだめだと言う。50m先の建物に銀行(両替所)が有るので札を崩してくる様に言われた。


正式国名 サカルトヴェロ 英名Georgia 慣用名 グルジア (注1) 
面積 69.8万㎢キロ (自称アブアジア 共和国、南オセチア共和国を含む)  人口469万
首都 トビリシ 126万

注1、グルジアは英名のGeorgiaと同様のロシア語のГрузияから来ている、グルジアとロシアの関係が非常に悪化した後、在日グルジア大使館より日本の外務省にこの国の日本語での呼称をジョージアに変更してほしいとの申し入れがなされた。日本政府としては過去からの経過、変更による混乱、米国のジョージア州との日本における混同など問題があるので応じられないと断った経過がある。

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